国司免判

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国司免判(こくしめんばん)とは、平安時代中期から鎌倉時代にかけて行われた国司による認可形式の1つ。また、この手続を経た文書そのものを指す場合もある。

解説

平安時代中期になると、令制国国内の行政の権限が中央から国衙に大幅に委任されるようになった[1][2]

こうした中で田畠や所領の保証、租税の免除、荘園への立券(設立認可)など、国司の裁量によって自主的に決定する分野が増加し、国司免判はその中で成立した手続形式と言える[1][2]

上記のような免除・保証等を申請するための上申文書が国司の元に届けられ、国司はその文書の外題(端の部分)に申請内容を認可した旨の文言と署判を書き加えることで認可とした。これが国司免判である[1]

本来、荘園に対する不輸の権を認可して貰うには中央政府の太政官符及び民部省符を得る必要があったが、国司の権限拡大に伴い国司免判のみで不輸の権を主張できるようになった。前者の荘園を官省符荘、後者の荘園を国免荘と呼ぶ。もっとも中央政府の認可を受けた官省符荘と異なり、国免荘は国司免判を与えた国司が在任中のみ有効な性格を持ち、国司の任期が切れて新しい国司が任じられた場合に従前の国司が出した国司免判に基づく国免荘及び不輸の権を承認しない事態も起こりえたのである[2]

脚注

参考文献

関連項目

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