國吉貴博
日本のサッカー選手
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國吉 貴博(くによし たかひろ、1988年5月28日 - )は、埼玉県出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| カタカナ | クニヨシ タカヒロ | |||||
| ラテン文字 | KUNIYOSHI Takahiro | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1988年5月28日(38歳) | |||||
| 出身地 | 埼玉県川越市[1] | |||||
| 身長 | 170cm | |||||
| 体重 | 64kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF / DF | |||||
| 利き足 | 左足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2004-2006 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2007-2010 |
| 19 | (5) | |||
| 2011 |
→ | 24 | (1) | |||
| 2012 |
| 0 | (0) | |||
| 2012 |
→ | 9 | (2) | |||
| 2013-2017 |
| 144 | (3) | |||
| 通算 | 196 | (11) | ||||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
来歴
埼玉県川越市に生まれ、5歳の頃に栃木県黒磯市へ引っ越す。東那須野中学校を卒業後、静岡学園高校に進学[1]。2,3年時に高円宮杯全日本ユースサッカー選手権大会ベスト16を2度経験。第85回全国高等学校サッカー選手権大会静岡県予選で大会史上初となるMVP、得点王、アシスト王、ベストイレブンを独占[2]。全国大会でも初戦の佐賀東高校戦で2アシスト、3回戦の青森山田高校戦では決勝点をアシストし、チームのベスト8入りに貢献した。杉浦恭平とは、高校の同級生である。
2007年にヴァンフォーレ甲府に入団[3]。入団3年目の2009年に、昇格争いを繰り広げるチームのスーパーサブとして、試合の流れを変える切り札的な役割を果たした[4]。
2011年にサガン鳥栖に期限付き移籍[5]、鳥栖でもスーパーサブとして起用され、第27節千葉戦では、1得点と後半ロスタイムでのアシストを決めて、鳥栖のJ1昇格に貢献。2012年より完全移籍した[6]。
2012年8月、カターレ富山へ期限付き移籍し[7]、2013年からは完全移籍した[8]。
2013年は右サイドハーフとして開幕戦から先発で出場し、同シーズンの出場数は38試合となった。これはフィールドプレーヤーとしては同シーズンのクラブ最多である(全プレーヤーでのクラブ最多はGKである守田達弥の39試合)。
2015年シーズンからはボランチや左サイドバックでも起用された。 2017年11月25日カターレ富山と契約満了が発表された[9]。同年12月に行われたJリーグ合同トライアウト出場した[10]が新たな所属チームを決めず、2018年4月13日に現役を引退した。
引退後は大阪市内でサラリーマンとして働いていたが、大田原市がスポーツ振興に関わる地域おこし協力隊を募集していることを知り、「一番の故郷」である県北地域でサッカー少年の育成に尽力することを決意する[1]。
2019年の春に、大田原市に移住。同年9月3日に、市の地域おこし協力隊に任命されジュニアサッカーチーム、AS栃木bomdebolaでコーチを務めている[1]。
所属クラブ
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2007 | 甲府 | 37 | J1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 |
| 2008 | 24 | J2 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
| 2009 | 16 | 5 | - | 1 | 0 | 17 | 5 | ||||
| 2010 | 2 | 0 | - | 1 | 0 | 3 | 0 | ||||
| 2011 | 鳥栖 | 16 | 24 | 1 | - | 1 | 0 | 25 | 1 | ||
| 2012 | J1 | 0 | 0 | 6 | 0 | - | 6 | 0 | |||
| 富山 | 32 | J2 | 9 | 2 | - | 1 | 0 | 10 | 2 | ||
| 2013 | 38 | 1 | - | 1 | 0 | 39 | 1 | ||||
| 2014 | 16 | 22 | 0 | - | 1 | 0 | 23 | 0 | |||
| 2015 | 4 | J3 | 35 | 2 | - | - | 35 | 2 | |||
| 2016 | 25 | 0 | - | 0 | 0 | 25 | 0 | ||||
| 2017 | 24 | 0 | - | 1 | 1 | 25 | 1 | ||||
| 通算 | 日本 | J1 | 1 | 0 | 7 | 0 | 1 | 0 | 9 | 0 | |
| 日本 | J2 | 111 | 9 | - | 6 | 0 | 117 | 9 | |||
| 日本 | J3 | 84 | 2 | - | 1 | 1 | 85 | 3 | |||
| 総通算 | 196 | 11 | 7 | 0 | 8 | 1 | 211 | 11 | |||