国東市立上国崎小学校

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過去の名称 上国崎尋常高等小学校
東国東郡上国崎村上国崎国民学校
上国崎村立上国崎小学校
国東町立上国崎小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 国東市
併合学校 日吉尋常高等小学校
上国崎尋常小学校
国東市立上国崎小学校
北緯33度35分28.2秒 東経131度39分54.9秒 / 北緯33.591167度 東経131.665250度 / 33.591167; 131.665250座標: 北緯33度35分28.2秒 東経131度39分54.9秒 / 北緯33.591167度 東経131.665250度 / 33.591167; 131.665250
過去の名称 上国崎尋常高等小学校
東国東郡上国崎村上国崎国民学校
上国崎村立上国崎小学校
国東町立上国崎小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 国東市
併合学校 日吉尋常高等小学校
上国崎尋常小学校
校訓 よく考える子ども
思いやりのある子ども
やりぬく子ども
元気な子ども
設立年月日 【前身(荒谷小)の創立】
1873年明治6年)6月1日
【統合】
1922年大正11年)12月8日
開校記念日 12月8日
閉校年月日 2009年平成21年)3月31日
共学・別学 男女共学
所在地 873-0533
大分県国東市国崎町見地1304番地
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国東市立上国崎小学校(くにさきしりつ かみくにさきしょうがっこう)は、かつて大分県国東市国東町見地にあった公立小学校

2009年平成21年)3月末に閉校し、「国東市立国東小学校」に統合された。

歴史
1873年明治6年)創立。2009年(平成21年)に閉校し、136年(統合87年)の歴史に幕を下ろした。
校訓
「よく考える子ども、思いやりのある子ども、やりぬく子ども、元気な子ども」
校章
花弁を背景にして、中央に校名の頭文字である「上」の文字を配している。その周りをが取り囲んでいる。
校歌
1959年昭和34年)制定。作詞は吉武忠幸、作曲は辛島武雄による。歌詞は3番まであり、各番の歌詞中に校名の「上国崎小」が登場する。
通学区域
中学校区は以下の通りであった。
  • 上国崎中学校(1947年(昭和22年)4月から1953年(昭和28年)3月まで)
  • 城崎中学校(1953年(昭和28年)4月から2009年(平成21年)3月閉校まで)

沿革

出典[1]
前史
  • 1873年(明治6年)6月1日 -「荒谷小学校」(私立)が創立。成仏、下成仏、見地を学区とする。
  • 1874年(明治7年)3月 - 旧・中田村の民家に田深分教場が開設される。 下成仏禅林寺に移転。
  • 1875年(明治8年)3月 - 横手小学校に統合される。
  • 1876年(明治9年)3月 - 見地村横山の玉林寺を仮校舎に「横手小学校分教場」が開設される。
  • 1877年(明治10年)- 西南の役により休校となる。
  • 1878年(明治11年)- 民家を教場として再開。
  • 1879年(明治12年)1月 - 中田の歳神社拝殿を仮教場に「中田小学校」が創立。
  • 1880年(明治13年)- 荒谷小学校が下成仏小野に移転。
  • 1882年(明治15年)- 中田小学校が山吹小学校に統合される。
  • 1887年(明治20年)- 小学校令施行により、簡易科(3年制)を設置の上「簡易荒谷小学校」(学区 : 成松・下成松)および「簡易中田小学校」(学区 : 中田・見地)に改称。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、東国東郡上国崎村」が発足。
  • 1890年(明治23年)- 尋常科(4年制)を設置の上「尋常荒谷小学校」および「尋常中田小学校」に改称。
  • 1892年(明治25年)4月 - 小学校2校(荒谷・中田)が合併し「日吉尋常小学校」となる。学区を4区(中田・見地・下成仏・成仏)とし、大字見地天神に校舎を設置。
  • 1894年(明治27年)- 日吉尋常小学校から上国崎尋常小学校(校区 : 成仏・下成仏)が分離。
  • 1899年(明治32年)- 上国崎尋常小学校の新校舎が完成。
  • 1901年(明治34年)- 日吉尋常小学校に高等科が併置され「日吉尋常高等小学校」に改称。
  • 1915年大正4年)- 母の会を結成。運動場を拡張。校旗を新調。
  • 1917年(大正6年)- 児童役員会を組織。
  • 1918年(大正7年)- 門柱が完成。農業補習学校が併置される。
  • 1919年(大正8年)- 臨海学校を実施。
  • 1920年(大正9年)- 林間学校を創設。児童自治会を創設。校歌(旧校歌)を制定。
統合・上国崎小学校
  • 1922年(大正11年)12月8日 - 小学校2校(日吉・上国崎)が統合し「上国崎尋常高等小学校」となる。校舎を新築の上、移転を完了。この日を開校記念日と制定。
  • 1926年(大正15年)- 上国崎青年訓練所が併置される。
  • 1927年昭和2年)- 同窓会を創設。
  • 1929年(昭和4年)- 校舎の大修理を実施。
  • 1935年(昭和10年)7月 - 青年学校令施行により、青年学校が併置される(農業補習学校青年訓練所が統合)。御真影奉安殿が完成。
  • 1936年(昭和11年)- 新校舎が完成。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令施行により「東国東郡上国東村上国崎国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。
  • 1944年(昭和19年)- 前庭に防火用貯水池が完成。
  • 1946年(昭和21年)- 奉安殿を解体。 
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革が行われる(六・三制の実施)。
    • 国民学校初等科は、新制小学校「上国崎村立上国崎小学校」に改組・改称。育友会が創立。アメリカ占領軍から放出されたミルクにより学校給食を実施。
    • 国民学校高等科は青年学校普通科とともに、新制中学校「上国崎村立上国崎中学校」に改組・改称。
  • 1948年(昭和23年)- 上国崎中学校校舎ならびに公民館が完成。
  • 1952年(昭和27年)- 泉水地・築山等が完成。
  • 1953年(昭和28年)4月1日 - 上国崎中学校が、上国崎豊崎両村中学校組合立 城崎中学校に統合される。ただし、統合校舎が完成するまでの間、中学校校舎は「城崎中学校 上国崎校舎」として使用が継続される。
  • 1954年(昭和29年)3月31日 - 国東町への合併により「国東町立上国崎小学校」に改称。
  • 1956年(昭和31年)- 城崎中学校の統合校舎が完成し、上国崎校舎が廃止される。
  • 1957年(昭和32年)- 中庭に小鳥の家が完成。 
  • 1959年(昭和34年)- 校歌を制定。
  • 1960年(昭和35年)- 上国崎地区公民館において季節保育所を10日間開設。
  • 1961年(昭和36年)- 上国崎地区公民館において季節保育所を30日間開設。
  • 1962年(昭和37年)- 上国崎幼稚園が開園。
  • 1963年(昭和38年)- 牛乳給食を開始。鼓笛隊を創設。
  • 1964年(昭和39年)- 完全給食を実施。
  • 1967年(昭和42年)- 校旗を新調。体育館が完成。
  • 1970年(昭和45年)- 鉄筋コンクリート造2階建て新校舎が完成。
  • 1971年(昭和46年)- 新園舎が完成。運動場を拡張。
  • 1972年(昭和47年)- 創立100周年(開校50周年)記念式典を挙行。プールが完成。
  • 1987年(昭和62年)- 荒谷土の子少年団を結成。
  • 1995年(平成7年)- 運動場を整備。
  • 1996年(平成8年)- パソコンを設置。 
  • 2003年(平成15年)- 荒渓龍退治太鼓を創設。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 上国崎幼稚園が休園となり、園児は豊崎幼稚園へタクシーで通園することとなる。
  • 2006年(平成18年)3月31日 -「国東市立上国崎小学校」(最終名)に改称。
  • 2009年(平成21年)3月31日 - 国東市立国東小学校への統合により閉校。同時に上国崎幼稚園も閉園。

交通アクセス

最寄りの幹線道路

周辺

  • 上国崎郵便局
  • 上国崎地区公民館(あらたにふれあい館)
  • 見地地区公民館
  • 天満宮
  • 御陵神社
  • 神社(淨圓寺上)
  • 淨圓寺
  • 下成仏河川敷公園プール
  • 田深川

脚注

参考文献

関連項目

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