国民独立党
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歴史
2022年6月20日、元テレビ司会者のラビ・ラミチャネは国民独立党(RSP)の結成を発表した。ラミチャネは政界入りの前から、自身の番組を通して全国的な支持を集めていた。ラミチャネは2017年にカリコート郡に15床の病院を建設するキャンペーンを立ち上げた頃から、新党創設の必要性について周囲と話し合っていた[3]。
2022年11月20日の総選挙では、RSPは小選挙区で7議席、比例代表で13席の計20議席を獲得して、第4党となった[4]。同年12月26日、RSPはプシュパ・カマル・ダハルを首班とする連立政権に参加して4つの閣僚ポストを獲得し、ラミチャネは副首相兼内務大臣に就任した[3]。しかし1か月後、最高裁はラミチャネのネパール市民権が失効状態であったと判断し、ラミチャネは国会議員・閣僚・党首の職を一時失った[5]。その後、ラミチャネは補欠選挙を経て議会復帰を果たし、2024年3月6日には副首相兼内務大臣に再任された[3]。
2024年7月、UMLが離反したことでダハル政権は崩壊し、UMLとネパール会議派の連立によるK.P.シャルマ・オリ政権が成立すると、RSPは野党に転じた[3]。同年10月18日、ラミチャネ党首が協同組合詐欺の容疑で逮捕された。ラミチャネが政界入りする前にメディア企業でディレクターを務めていた際、複数の貯蓄信用協同組合から流入した数百万ルピーを不正に流用した疑いがかけられていた[6]。その後もラミチャネは獄中から党務を指揮した[3]。
2025年ネパールZ世代抗議デモでオリ政権が崩壊した後、同年12月28日にRSPは当時カトマンズ市長のバレンドラ・シャハとの間で合意を結び、首相候補としてバレンドラ・シャハを擁立し、党首は引き続きラミチャネが務めることとなった。2026年3月5日の総選挙で国民独立党は圧勝し、選挙前の合意通りにバレンドラ・シャハが首相に就任した[3]。