バレンドラ・シャハ
ネパールのラッパー、政治家
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来歴
1990年、カトマンズで四人兄弟の末っ子として生まれる。父はアーユルヴェーダの施術者で、母は専業主婦であった[2][3]。カトマンズの大学で土木工学を学んだ後、インドのカルナータカ州の大学で構造工学の修士号を取得する[3]。その後、カトマンズ大学で伝統的な建築についての博士号取得を目指す[3]。
2013年、ラップバトルのYoutube番組「Raw Barz」に出演したことで知名度を上げる。ラッパーとしては、黒いサングラスをトレードマークとして、政治の腐敗や社会的不平等をテーマとして扱った[3][4]。
2022年、カトマンズ市長選に無所属で立候補して当選する[1]。市長時代は、都市の浄化、汚職の取り締まり、先住民族の文化遺産の保護に力を入れる。都市の浄化の一環としては、違法建築物をブルドーザーで取り壊すキャンペーンも行った[2]。中国やインドに対する強硬なナショナリズムも注目を集め、2023年6月にはインド領をネパールの一部として描いた「大ネパール」地図を市長室に掲示して物議をかもした[4]。
2025年ネパールZ世代抗議デモでは、自身の楽曲「ネパール・ハセコ」がアンセムとなり、さらに全国的な注目を集めた[2][4]。2026年ネパール総選挙では国民独立党(RSP)の首相候補として立候補した。メディアのインタビューを避けつつソーシャルメディアで発信を行い、地滑り的勝利を経て首相に就任した[1][2]。
人物
詩人・作家の妻との間に子どもが1人いる[1]。