2025年ネパールZ世代抗議デモ

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2025年ネパールZ世代抗議デモ(2025ねんネパールZせだいこうぎデモ、: 2025 Nepalese Gen Z protests)は、ネパールにおいて2025年9月8日から起きた、首相辞任にとどまらず体制崩壊につながった一連のデモ活動Z世代の抗議(Zせだいのこうぎ)や、Z世代の反乱(Zせだいのはんらん)、Z世代の革命(Zせだいのかくめい)とも呼ばれる[2]

日時2025年9月8日〜13日
(5日間)
原因政府によるSNSの禁止
政府の汚職に対して
目的
概要 日時, 場所 ...
2025年ネパールZ世代抗議デモ
アジアにおけるZ世代の抗議 英語版内で発生
(上)抗議者が政府機関を焼き払う様子
(下)学生のデモ
日時2025年9月8日〜13日
(5日間)
場所ネパールの旗 ネパール
原因政府によるSNSの禁止
政府の汚職に対して
目的
手段
結果デモ活動の成功
参加集団

ネパールの旗 抗議者

  • 市民
  • 若者
  • 学生

ネパールの旗 ネパール政府英語版

  • ネパール警察
  • 武装警察部隊
  • ネパール軍
指導者
リーダー無し
死傷者数
死者76
負傷者2,113[1]
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チトワンの抗議者ら

概要

2025年9月、ネパール政府がサイバー犯罪対策を名分に、フェイスブック、インスタグラム、ユーチューブ、X等26の各種SNSに登録を義務づけ、「国内での登録を期日までに行わなかった」という理由で、それらの通信を遮断し利用できなくしたことをきっかけに、若者を中心に遮断を免れたSNSを使ってデモの呼びかけが行われ、言論弾圧だとの抗議デモが起こった。ネパールでは国外で出稼ぎ労働者となる者も多く、家族の連絡手段としてSNSが重要だったことも、反発が広がった背景とされる[3]

「Z世代」の若者らが主体となり、日本製人気漫画「ONE PIECE」の海賊旗を掲げている者も多かった。一部の抗議者は暴徒化し、議会や首相府、政治家邸宅、最高裁判所に放火したり、刑務所・閣僚を襲撃した。政府側は、措置の撤回を発表し、警察や軍を動員して事態の収拾を図ったが、汚職撲滅等を掲げデモは続行、一部の抗議者らが警察と衝突して70人以上の死傷者が出た[4]

結果

当時、ネパール首相であったK.P.シャルマ・オリは、9月9日に辞任したものの、以後もデモは続く。首相はヘリコプターで海外脱出、閣僚とその家族もヘリに吊られて逃れる動画がインスタに流れたという[5]9月10日、治安維持に乗り出した軍とデモ参加者らが、辞任したオリ首相に代わる暫定政権の樹立に向けて協議していたが、政権移行の見通しが立たなかった[6]。一部のデモ参加者が暴徒化して刑務所を襲撃した影響で、1万3500人の受刑者が脱走し、治安の悪化が懸念された[7]。また、同国のヴィシュヌ・ポウデル財務相とみられる男性がデモ隊に服を脱がされ連れて行かれる事態も発生した[8]

9月13日スシラ・カルキ元最高裁長官が暫定首相に就任した[9]。汚職に対する厳しい姿勢で知られ、多くの若者が支持し、首相に推薦する声が上がっていた[10]。しかし、暫定首相選出の際にはDiscordを利用してオンライン投票を募り、メンバー4万人中7700以上の票が集まって同首相が得票率50%を得た時点で投票が打ち切られたため、投票の経緯と有効性を疑問視する声もある[5]。いずれにせよ世界初のオンライン投票による首相選出となった。下院は同日、解散され、2026年3月5日に総選挙が実施される[9]

ネパールの英字紙カトマンズ・ポストによれば、10月最終週にカルキ暫定政権、政党、Z世代代表による初めての会談が実現し、各者は翌2026年3月5日に実施が予定されている選挙を支持する姿勢を示したとされる[11]。カルキ暫定首相は若者らに汚職対策・経済格差対策の制度作りを約し、若者層らは10月に新党創設を発表した。しかし、若者層らも新党を立てるものの総選挙前に汚職対策等の制度作りを求めるグループ、既存政党の復活阻止のほうを優先し前回総選挙で改革を掲げて既に議席を得た新興政党の国民独立党英語版(RSP)を支持するグループ、さらに100以上の小規模政党に関わる者などに分立していた[12]

2026年3月5日に総選挙が執行され、RSPが275議席中182議席を獲得し圧勝、オリ元首相は落選した[13]。27日、RSPの首相候補で前カトマンズ市長のバレン・シャハが新首相に就任[14]。翌28日、Z世代デモで19人の死者を出す弾圧に関与した容疑でオリ元首相とラメシュ・レカク英語版前内相が逮捕された[15]

背景

背景に、有力者がコネで身内や仲間を優遇し、市場の公平性が失われ、格差が拡大する、クローニー・キャピタリズム(仲間を優遇する資本主義)への不満があるとされる[12]。ネパールは国民一人当たりのGDPは1400ドル、購買力平価は5700ドルとアジアの最貧国である一方で、政権の腐敗はつとに悪名高く特権階級による富の独占で格差は拡大、若者の20%が失業状態であった。3つの主要政党があり17年間で13回の政権交代があったものの、実態は少数のエリートが権力・経済利権を持ちまわる構造であった[12]。デモ以前に政治家・官僚の子弟が贅沢な生活をみせびらかすようなSNSの投稿、閣僚の乗った車が11歳の少女を跳ねて走り去る防犯カメラの映像等が拡散されていて[12]、こういった批判を封じ込めるためのSNS遮断でもあったとの指摘もある[3]

評価

2025年9月からマダガスカルにおいて、生活苦の解消を訴える「Z世代」の若者らがやはり「ONE PIECE」の海賊旗が掲げ、ラジョエリナ大統領の辞任を求めてデモを起こし軍も大統領を支持することなく大統領の海外逃亡につながり、そのまま軍の権力掌握の宣言に至った反政府デモ[16]、やはり9月にモロッコで南部のアガジールの公立病院で帝王切開を受けた妊婦が死亡した事件がきっかけに医療制度の不備に対する不満が広がりSNSの一つであるディスコード(Discord)での呼びかけを通して27日から若者が中心の首相辞任を求めたデモ[17][18]、2024年7月のバングラデシュで独立戦争に参加した兵士の子孫を優遇する公務員採用枠の撤廃を求めた学生らの平和的な座り込み運動に治安部隊を投入して武力鎮圧を図ったことから起こり、1400人以上の死者を出したハシナ首相退陣要求とその実現に至った革命等とともに、若者の人口比率が高いと共に失業率が高く、政治・有力者の腐敗や縁故主義に反発して、SNSを集合のために活用して行われた、2024年から2025年にかけてアジア・アフリカで起こった一連の反政府運動の一つで、「Z世代の反乱」「Z世代の革命」と評される[5][12]

関連項目

脚注

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