国策
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日本の政治史の中では、大正期、孤立主義を米国の世襲的国策と評価した上で、日本は国策が定まっていないと問題視し、政府に国策の樹立を求める動きがあった[2][3]。大正末期には、経済上の国策という概念も生じ、その樹立のため、清浦内閣は1924年に帝国経済会議を設置した[4]。同時代に政治体制が超然主義内閣から政党内閣に変わっていく中、国策とは内閣が交代しても変更されない恒久的な方針や政策を指していた[5]。
昭和恐慌前後から昭和研究会や国策研究会による国策研究が活発化し、1936年の廣田内閣の五相会議及び閣議で『國策ノ基準』として満州国の安定などの外交戦略を決定し、1940年に第2次近衛内閣は『基本国策要綱』を閣議決定する[6][7]。同時期の国策に基づいて政府が設立を主導した会社や団体を指して国策会社・国策団体、戦時映画を指して国策映画ということがある[8][9][10]。
終戦後、日本国憲法の施行後も政府文書で国策という用語が用いられることはあるが、1995年の村山内閣総理大臣談話では「遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで」と過去の国家方針を指して国策とする[11][12]一方、2023年の第4期教育振興基本計画では「国策としてGIGAスクール構想を強力に推進する」と特定の施策を国策とし[13]、2024年の統合イノベーション戦略では他国のエネルギー技術に関する国家プロジェクトを国策と評する[14]など、文脈によって意味合いは異なる。