国粋大衆党

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国粋大衆党(こくすいたいしゅうとう)は日本右翼団体笹川良一を総裁とし、国粋主義を標榜した。

国防社を母体に1931年昭和6年)結党。本部は大阪市東区北浜に置かれ、23の支部があった。党員数約1万5千名。後の国粋同盟(1942年(昭和17年))・日本勤労者同盟(戦後)。

満蒙進出、満州国承認、暴支膺懲国際連盟脱退、国体明徴天皇機関説批判、反英親独伊、汪兆銘南京政府承認、南洋進出などの強硬外交を主張し、幣原喜重郎に代表される協調外交政策(幣原外交)を「軟弱外交」として非難した。

ファシズムの影響も受けており、笹川良一はベニート・ムッソリーニを崇拝し、イタリアファシスト党の制服を似せて私兵に黒シャツの国防服を着せていたという。

沿革

脚注

参考文献

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