国際固定暦
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暦年は28日の月が13か月からなり(28×13=364日)、ちょうど4週に分けられる。さらに大晦日 (Year Day) と呼ばれる付加日が年末に休日として付け加えられ、合計365日となる。年始はグレゴリオ暦と同じであり、グレゴリオ暦の1月1日は常に国際固定暦の1月1日に該当する[3]。英語で12個の月はグレゴリオ暦と同じ名称であるが、13番目の月はJuneとJulyの間に挿入されてSol(ソル)と呼ばれる。Solは北半球の真夏に位置するため、太陽を意味する名が選ばれた[4]。
国際固定暦の閏年は366日であり、置閏法はグレゴリオ暦に準ずる。すなわち、西暦年数が4で割り切れるときは基本的に閏年であるが、100で割り切れ400で割り切れない年は平年である。例えば、1700年・1800年・1900年は平年であり、2000年は閏年である。国際固定暦の閏日は6月 (June) の月末(28日)と7月 (Sol) の最初の日(1日)の間に挿入される。
すべての月は日曜日に始まり、土曜日に終わる。したがって、年始は常に日曜日である。すべての月は次のようなカレンダー(七曜表)となる。
| 国際固定暦の各月 | ||||||
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
| 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
| 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
| 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
大晦日と閏日には月が割り当てられない。
国際固定暦の各月の1日と大晦日、閏日はグレゴリオ暦の以下の日付に対応する。途中にSolが入るため、8月以降は日本語と英語の月が1か月ずれる。
| 月 | 英語名 | 始まりの日 | 終わりの日 |
|---|---|---|---|
| 1月 | January | 1月1日 | 1月28日 |
| 2月 | February | 1月29日 | 2月25日 |
| 3月 | March | 2月26日 | 3月25日※ |
| 4月 | April | 3月26日※ | 4月22日※ |
| 5月 | May | 4月23日※ | 5月20日※ |
| 6月 | June | 5月21日※ | 6月17日※ |
| 閏日 | Leap Day | 6月17日 | |
| 7月 | Sol | 6月18日 | 7月15日 |
| 8月 | July | 7月16日 | 8月12日 |
| 9月 | August | 8月13日 | 9月9日 |
| 10月 | September | 9月10日 | 10月7日 |
| 11月 | October | 10月8日 | 11月4日 |
| 12月 | November | 11月5日 | 12月2日 |
| 13月 | December | 12月3日 | 12月30日 |
| 大晦日 | Year Day | 12月31日 | |
※のついた日付は閏年には1日早くなる。
歴史
13か月の永久暦の発想は、少なくとも18世紀中頃には登場していた。月の名前と、閏日を置く場所によって多様なバリエーションが存在していた。
1745年にジョージ暦がメリーランド州のHirossa Ap-Iccimという筆名の作者(本名:ヒュー・ジョーンズ)[5]によって提案された。365日目はクリスマスとされ、13か月目をジョージ2世から取ってジョージ (George) とし、年始を冬至に置いた。置閏法はグレゴリオ暦に従わなかった。1753年に変更されたバージョンでは、すべての月がキリスト教の聖人の名に変更された。
1849年にフランスの哲学者オーギュスト・コントは13か月の実証暦を提案した。各月の名前がモーゼ、ホメーロス、アリストテレス、アルキメデス、カエサル、聖パウロ、シャルルマーニュ、ダンテ、グーテンベルグ、シェークスピア、デカルト、フレデリック、ビシャーであった。付加日は実証主義による人類の宗教の「聖人の日」であった。週の始まりは日曜日から月曜日に改められ、年や月の始まりも月曜日となった。また、コントは西暦1789年を1年とする新しい紀年法を採用した。コントはAp-Iccimと同じく付加日を365日目に置いて祝日とした。閏日はその後に置いてやはり祝日とした。
コッツワースが国際固定暦以前の13か月の改暦案に精通していたかどうかはわかっていない。彼は、Ap-Iccimが365日目を休日としたのを引き継いだ。彼の提案は、大晦日は日曜日と称するべきであり、翌日の元日も日曜日であるから、それを二重の日曜日 (Double Sunday) と呼ぶことであった[6]。コッツワースの目標は商工業のためにもっと「合理的な」暦として単純化することであったので、グレゴリオ暦の月の名前、日曜日から始まる週、置閏法をそのまま引き継いだ。
国際連盟が130の改暦案から最良のものとして国際固定暦を選んだ直後に、コッツワースの改暦案を推進するために1923年に国際固定暦連盟 (The International Fixed Calendar League; IFCL) が設立された[7]。標準時の世界的な採用に尽力したサンドフォード・フレミングがIFCLの最初の代表者になった[8]。IFCLの本部は最初はロンドンに置かれ、のちにニューヨーク州ロチェスターに移転した。コダックを創業したジョージ・イーストマンは国際固定暦の熱心な支持者となったので、コダック社内で国際固定暦を使用した。1937年に国際連盟の改暦計画が頓挫したため、その直後にIFCLは活動を停止した[9]。
利点
国際固定暦のいくつかの利点は、主にその構成に関係がある。