園部町熊原
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園部町熊原 | |
|---|---|
|
園部町熊原の位置[1] | |
| 北緯35度6分46.38秒 東経135度30分48.52秒 / 北緯35.1128833度 東経135.5134778度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 旧自治体 |
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| 地区 | 川辺地区 |
| 面積 | |
| • 合計 | 0.700423251 km2 |
| 標高 | 161.5 m |
| 人口 | |
| • 合計 | 61人 |
| • 密度 | 87人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
622-0034[4] |
| 市外局番 | 0771(園部MA)[5] |
| ナンバープレート | 京都 |
園部町熊原(そのべちょうくまはら)は、京都府南丹市園部町川辺地区にある地名。
本項では現在の地名について園部町熊原、または熊原村として記述する。
小字
熊原は、園部町を南東に蛇行する桂川(大堰川)の半円形に湾曲する部分にある集落。室町時代の様子を描くとされる丹波国吉富庄絵図(真継梶之助家蔵)には、大堰川西岸に「熊厘村」とある。西半分は山地の東斜面、東半分は川沿いの農地で形成されている。
南丹市が公示している園部町熊原の小字は次の通りである。38小字のうち、15小字に「新」の文字が付いている[6]。
- 荒堀(あらぼり)
- 岩ケ谷(いわがだに)
- 岩ケ山(いわがやま)
- 梅原(うめはら)
- 小谷口(おだにぐち)
- 上新田(かみしんでん)
- 北内畑(きたうちはた)
- 北河原(きたがわら)
- 下新田(しもしんでん)
- 新荒堀(しんあらほり)
- 新梅原(しんうめはら)
- 新北河原(しんきたかわら)
- 新小谷口(しんこたにぐち)
- 新田(しんでん)
- 新トロ淵(しんとろぶち)
- 新中田(しんなかた)
- 新登リ尾(しんのぼりお)
- 新樋ノ口(しんひのくち)
- 新溝ノ下(しんみぞのした)
- 新溝ノ向(しんみぞのむかい)
- 新宮ノ前(しんみやのまえ)
- 新山田(しんやまだ)
- 竹ノ花(たけのはな)
- トロ淵(とろぶち)
- 中田(なかた)
- 中ノ前(なかのまえ)
- 西内畑(にしうちはた)
- 西ノ谷(にしのたに)
- 登リ尾(のぼりお)
- 登リ山(のぼりやま)
- 東内畑(ひがしうちはた)
- 樋ノ口(ひのくち)
- マトバ(まとば)
- 溝ノ下(みぞのした)
- 溝ノ向(みぞのむかい)
- 宮ノ前(みやのまえ)
- 山田(やまだ)
- 山ノ口(やまのぐち)
河川
- 桂川(大堰川) – 一級河川
人口と世帯数
以下は、南丹市住民記録による人口と世帯[3]。
| 範囲 | 人口 | 男 | 女 | 高齢化率 | 世帯数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 園部町熊原 | 61人 | 30人 | 31人 | 52.46% | 30世帯 |
人口の変遷
以下は、国勢調査による小地域集計が始まった1995年以降の人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 91人 | [7] | |
| 2000年(平成12年) | 87人 | [8] | |
| 2005年(平成17年) | 87人 | [9] | |
| 2010年(平成22年) | 82人 | [10] | |
| 2015年(平成27年) | 77人 | [11] | |
| 2020年(令和2年) | 64人 | [12] |
世帯数の変遷
以下は、国勢調査による小地域集計が始まった1995年以降の世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 24世帯 | [7] | |
| 2000年(平成12年) | 24世帯 | [8] | |
| 2005年(平成17年) | 23世帯 | [9] | |
| 2010年(平成22年) | 23世帯 | [10] | |
| 2015年(平成27年) | 20世帯 | [11] | |
| 2020年(令和2年) | 21世帯 | [12] |
歴史
交通
校区
- 小学校
- 南丹市立園部第二小学校[16] – 通称「園小」。園部町小桜町
- スクールバスによる通学
- 放課後児童クラブ
- 園部たんぽぽ放課後児童クラブ[17] – 園部町小桜町
- 中学校
- 南丹市立園部中学校 [16] – 通称「園中」。園部町横田
- 京都府立園部高等学校・附属中学校 – 略称「付属中」。園部町小桜町
- 高等学校(口丹通学圏[18])
- 京都府立園部高等学校 – 園部町小桜町
- 京都府立農芸高等学校 – 園部町南大谷
- 京都府立須知高等学校 – 京丹波町豊田
- 京都府立北桑田高等学校 – 右京区京北
- 京都府立北桑田高等学校美山分校 – 美山町上平屋
- 京都府立南丹高等学校 – 亀岡市 馬路町
- 京都府立亀岡高等学校 – 亀岡市横町
施設等
社寺
太神宮社
大神神社(太神宮社)は、熊原宮ノ前にある熊原の氏神社である。創祀の年代は不明だが、創建は文明年間(1469~1486年)と口碑にある。旧社格は村社。祭神は天照大神。『寺社類集』には末社に春日社と八幡社があり、現在は三社が一つの覆屋に祀られている。もともとは一柱を祀っていたが、洪水の際に宮の下に留まっていた神を合祀して三柱となったとされている。明治時代に社名の神明を天照大神に直結したが、もともとは土着性の濃い神を祀っていたという。
永昌寺
永昌寺は、熊原山ノ口にある曹洞宗の寺院である。
円福寺
円福寺(圓福寺)は熊原にあった太神宮社(大神神社)の神宮寺で、船井ごおり三十三ヶ所観音霊場の29番札所である。熊原村では、「氏神様も観音様も東向きで村の上下に守護されるので、悪疫がこの村に入ってきたことはない」と言われていた。円福寺は神仏分離の後に廃寺となり、観音堂のみが大神神社の裏山の岩が山に残り、千手観音像と弘法大師を祀っている。観音堂は大神神社から離れた八木町近くの山麓の杉木立の中にある[20]。
ご詠歌 “ひさかたの月もくまなき熊原や なもふかく入ぼだい山かな”
史跡
- 一石一字経墳