土壌生態学

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研究対象 土壌生物・栄養循環土壌構造生物多様性
主な下位概念 土壌食物連鎖根圏菌根腐植
主要学術誌 Soil Biology and BiochemistryApplied Soil EcologyPedobiologia
土壌生態学
Soil ecology
土壌中の生物と環境との相互作用を研究する生態学の一分野
基本情報
分野 生態学土壌科学
研究対象 土壌生物・栄養循環土壌構造生物多様性
主な下位概念 土壌食物連鎖根圏菌根腐植
主要学術誌 Soil Biology and BiochemistryApplied Soil EcologyPedobiologia
代表的研究者 ダヴィッド・コールマン(David C. Coleman)、D・A・クロスリー(D. A. Crossley Jr.)

土壌生態学(どじょうせいたいがく、英: Soil ecology)は、土壌中の生物どうしの相互作用、および土壌生物と物理的・化学的環境との関係を研究する生態学の一分野である。

栄養循環、土壌団粒(soil aggregate)の形成、および土壌の生物多様性を主要な研究テーマとする[1]

土壌は固体(鉱物・有機物)・液体(土壌水)・気体(土壌空気)の三相が共存する複雑な系であり、細菌・菌類・植物・動物を含む膨大な種多様性を支えている。土壌生態学はこうした地下世界を「陸上生態系の組織中枢」として捉え、分解・養分循環・炭素貯留・病害抑制など多様な生態系サービスが土壌生物の活動によって支えられていることを明らかにしてきた。

土壌生態学は、生態学と土壌科学(土壌学)の交差点に位置する学際的な研究分野である。土壌は均質な物質ではなく、鉱物・有機物・水・空気・生物が複雑に入り組んだ不均一な混合体であり、温度・水分・pH・栄養塩の微細な変動が土壌内での生物分布を規定する[2]

土壌生態学の概念的領域は、生物(微生物・土壌動物・植物根)、それら生物が駆動する過程(分解・栄養循環・土壌形成)、そして研究の社会的文脈という三つの要素から構成されると整理されている[3]。地球上の生物種の約59±15%が土壌に生息すると推定されており[4]、土壌は地球上で最も生物多様性に富む生息環境の一つとみなされている。

近年、環境ゲノミクス・自動トレーサー技術・土壌有機物の分光分析など新たな手法の登場とともに、気候変動への地球システム応答において土壌が果たす役割への関心が高まり、土壌生物の生態学的パターンと関連プロセスに関する研究が急速に進展している[5]

背景・学問史

土壌と文明の関わりは古く、メソポタミア文明をはじめとする初期農耕社会が土壌の生産力を実践的に認識していたことが知られている[6]

近代的な土壌科学の礎を築いたのは、19世紀ロシアの科学者ヴァシーリー・ドクチャーエフ(Vasily Dokuchaev, 1846–1903)である。彼は気候・生物活動・地質基盤の相互作用によって土壌が自然体として生成されるという生態学的視点を提唱し、土壌を「定まった性質を持つ自然の物体であるとともに、その地理的位置と周囲の環境——気候・植生・動物相——を含む存在」として定義した[7]。この視点はアーサー・タンズリーによる生態系概念の提唱(1935年)に先行するものであった。

20世紀に入ると、ハンス・ジェニー(Hans Jenny)が1941年に著書『土壌生成の要因』において、土壌の状態を気候(cl)・生物(o)・地形(r)・母材(p)・時間(t)の関数として定式化した有名な「土壌形成要因の基本方程式」 s = f(cl, o, r, p, t, …) を提示し、土壌生態学の定量的・理論的基盤を整備した[8]

学術分野として土壌生態学が体系化される上で大きな貢献をしたのが、デヴィッド・C・コールマン(David C. Coleman)らによる一連の研究と教科書『土壌生態学の基礎』(Fundamentals of Soil Ecology、初版1996年、第2版2004年、第3版2018年)である[9]。コールマンはジョージア大学オダム生態学スクール(Odum School of Ecology)の卓越研究教授として、腐植食物網における微生物-動物相の相互作用を長年研究し、土壌生態学の分野をより広い一般生態学と接続することに貢献した。

主な内容・特徴

土壌生物の多様性

土壌は地球上で最も生物多様性に富む生息域のひとつであり、単位面積あたりの生物多様性は地上部を上回ることもある[10]。土壌生物には次の主要なグループが含まれる。

細菌(Bacteria)
土壌中で最も数の多い生物群。単純な有機化合物を分解して栄養塩を放出するほか、土壌構造の形成・窒素固定病原菌の競合排除など多様な機能を担う。
菌類(Fungi)
菌糸(hyphae)が土壌粒子間を広く伸展し、リグニンキチンなど難分解性有機物を酵素や酸によって分解する。菌根菌(菌根参照)は陸上植物の約80%以上と共生し、リン窒素の吸収を媒介する。
原生生物(Protozoa)
主に細菌・菌類を捕食し、その過程で窒素を鉱化してアンモニアとして植物可給態に変換する。
線虫(Nematoda)
土壌中で最も生態的に多様な動物群のひとつ。細菌食性・菌食性・植物根食性・捕食性など複数の栄養段階に属し、土壌食物連鎖の重要な構成要素をなす[11]
土壌節足動物(Soil arthropods)
コレンボラ(Collembola)・ダニ(Acari)・ヤスデムカデ昆虫幼虫などを含む。これらの多くは破砕者(shredder)として落葉有機物を細断し、微生物による分解面積を増大させる。
ミミズ(Earthworms)
土壌中の無脊椎動物として生息数・生体量ともに最大の群。土壌を掘り進む過程で有機物と鉱物粒子を混合し、土壌団粒を形成するとともに通気性・保水性を改善する。ミミズのキャスト(排泄物)は周囲の土壌より有機物含量が高く、微生物の活動基盤となる[12]

土壌食物連鎖(Soil food web)

土壌内の生物間相互作用は「土壌食物連鎖」(soil food web)として体系化される。この概念は、Elaine Ingham らの研究によって学術的に整備された[13]。土壌食物連鎖は、地上部食物連鎖とは異なる以下の特徴を持つ。

  • 第1栄養段階には植物(光合成生産者)が位置し、光合成産物の一部を根圏に根分泌物として放出することで地下部の食物連鎖に有機炭素を供給する。
  • 第2栄養段階の分解者(細菌・菌類)はこの有機物を分解し、
  • 第3栄養段階の原生生物・線虫がこれを捕食する。
  • 第4・第5栄養段階には節足動物や大型捕食者が位置し、頂点捕食者として系の調節機能を担う。

研究によると、土壌食物連鎖を流れるエネルギーの約95%は腐植食性微生物(細菌・菌類)を経由しており、捕食性の高次栄養段階に到達するエネルギーは全体のごく僅かである[14]。また、土壌食物連鎖は地上部とは対照的に「ドナーコントロール型」(donor-controlled)の特性が強く、分解者が直接的に有機物の投入速度を制御することはできない。

根圏と菌根

植物根の周囲に形成される土壌ゾーンである根圏(rhizosphere)は、根分泌物(炭水化物アミノ酸糖類)の放出によって微生物の活動が特に活発な場所であり、土壌食物連鎖の炭素・エネルギー入力の主要な経路のひとつをなす[15]

菌根(mycorrhiza)は、植物根と菌類の共生関係であり、陸上植物の約80%以上(25万種以上)が菌根菌と共生関係を形成する[16]菌根菌の菌糸は根圏を超えて土壌中に広く伸展し、植物に窒素・リンを優先的に供給する。菌根菌が植物に供給する窒素・リンは、それぞれ植物全体の需要の最大80%に達するとする推計もある[17]。菌根菌はまた、glomalin(グロマリン)と呼ばれる糖タンパク質を分泌することで土壌団粒の形成を促進し、土壌構造を安定させる[18]

栄養循環と分解

土壌生物は窒素リンカリウムをはじめとする植物必須元素の循環を駆動する中核的存在である。分解過程は生態系の生産性を長期的に維持するために不可欠であり、分解者(細菌・菌類)が有機態の栄養塩を無機化することで植物が利用可能な形態に変換される[19]

有機物のC/N比は分解経路を規定する重要な要因であり、C/N比が高く難分解性の基質(リグニンを多く含む落葉など)は主に菌類が分解を主導し、C/N比が低く易分解性の基質は細菌が優占的に処理する[20]

土壌団粒の形成

粘土シルトの各粒子が有機物とともに結合して形成される構造体が土壌団粒(soil aggregate)であり、その形成は土壌の孔隙性・通気性・保水性・侵食抵抗性を決定的に左右する[21]。土壌生物はミミズのキャスト・菌根菌のグロマリン・細菌バイオフィルムなど各種のメカニズムを通じて団粒形成を促進する。農業生産における耕起(tilling)は団粒構造を攪乱する。

生態系サービスとの関連

土壌生態学の知見は多様な生態系サービスの理解と管理に応用される。

炭素貯留と気候変動緩和
土壌は地球上の陸上生態系で最大の炭素貯蔵庫であり、その機能は微生物・菌根菌・植物根の複合的な活動によって維持される。植物の多様性が土壌有機炭素の貯留量と正の相関を示すことが6大陸84か所の草地データに基づく研究によって確認されており、特に温暖・乾燥気候でその関係が強い[22]。また、菌根菌型(外生菌根菌優占 vs 内生菌根菌優占)の違いが炭素・窒素動態に大きな影響を及ぼすことも明らかになっている[23]
水質浄化と汚染物質分解
土壌微生物群集は農薬抗生物質内分泌攪乱化学物質などの有機汚染物質を分解・不活性化し、地下水系への流出を抑制する[24]
病害抑制
土壌食物連鎖が多様で安定している場合、病原性線虫糸状菌などの植物病原体が過剰に増殖するのを捕食者・競争排除メカニズムが抑制する「病害抑制土壌」(suppressive soil)が形成される。
食料生産
土壌生物による窒素固定・リン可溶化・分解・団粒形成は農業生産の基盤をなす。菌根菌との共生を活用した農業管理は化学肥料農薬への依存低減につながりうる[25]

研究手法の進展

土壌生態学は、土壌の不透明性と生物の微小さという観察上の困難を長年抱えてきた。しかし20世紀後半以降、以下の手法革新によって飛躍的な進展を遂げた。

次世代シークエンシング環境DNAメタバーコーディングの普及により、培養困難な微生物も含む土壌微生物群集の網羅的な組成・多様性の把握が可能になった。共起ネットワーク解析(co-occurrence network analysis)は、単一の土壌団粒から全球スケールまで、様々な空間スケールで土壌群集の構造的パターンの抽出に活用されている[26]。また、安定同位体トレーサー・土壌有機物の分光分析・マイクロCTイメージングなどの技術革新が、微生物スケールの活動と生態系スケールの炭素・窒素循環を接続する橋渡し研究を可能にしている。

こうした手法の進展にもかかわらず、土壌生態学は一般生態学との理論的・数理的接続が薄いという課題も指摘されている。数理モデルや進化的アプローチの活用が限られてきた背景として、土壌生物の特殊性(小型・高密度・難培養・限定的分散能)が理論化を困難にしてきた歴史的経緯が挙げられる[27]

影響と評価

土壌生態学は農業林業気候変動対策・生態系修復など幅広い応用分野に影響を与えてきた。国連食糧農業機関(FAO)は土壌生物多様性の保全を持続可能な食料システムの基盤として位置づけており、農業生産の持続可能性と土壌機能の関係を巡る政策論議において土壌生態学の知見は欠かせない参照点となっている。

また、気候変動との関連では、土壌有機炭素の収支が気候フィードバックの鍵を握ることから、土壌生態学的プロセスの理解が気候モデルの精度向上においても重要視されている。世界の農地土壌における炭素貯留ポテンシャルは29〜65ペタグラム炭素と試算されているが、農業管理の変革なくして持続的な炭素蓄積は困難であることも指摘されている[28]

関連項目

脚注

外部リンク

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