土御門泰広

From Wikipedia, the free encyclopedia

土御門 泰広(つちみかど やすひろ)は、江戸時代前期の公家

慶長16年(1611年陰陽頭土御門久脩の嫡男・泰重の長子として生まれる。寛永4年(1627年元服任官、寛永13年(1636年叙爵[1]安倍氏の流れを引く土御門家は代々陰陽頭に補せられていたが、父の代より陰陽頭は幸徳井家に取って代わられていた。そのため泰広も陰陽頭には就任しておらず、官職は中務大輔右衛門佐に留まった[3][1]慶安2年(1649年正四位下となるが、慶安5年(1652年)父に先立って42歳で卒去した[1]

系譜

官歴

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI