土御門有脩

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土御門 有脩(つちみかど ありなが)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての公卿陰陽師陰陽頭土御門有春の子。

官位従三位非参議陰陽頭刑部卿堂上家(家格は、半家安倍氏嫡流)である、土御門家30代当主。

天文11年(1542年)、戦乱が続き疲弊した京を離れ、所領の若狭国名田庄に退いていた有脩は陰陽頭としての職務を放棄していたため、同じく相模国の太守北条氏綱を頼って下っていた賀茂氏系陰陽師の公卿・勘解由小路在富が陰陽頭の職務を代行するために京に呼び戻された。

系譜

脚注

参考文献

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