土田正剛
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| 土田 正剛 つちだ せいごう | |
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内閣府地方創生推進室より公表された肖像 | |
| 生年月日 | 1943年10月25日 |
| 出生地 |
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| 没年月日 | 2026年4月16日(82歳没) |
| 死没地 |
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| 出身校 | 慶應義塾大学法学部 |
| 前職 | 松沢雄蔵衆議院議員秘書 |
| 所属政党 |
(自由民主党→) 無所属 |
| 親族 | 土田正幸(父、東根市議会議員) |
| 当選回数 | 7回 |
| 在任期間 | 1998年9月5日 - 2026年4月16日 |
| 当選回数 | 4回 |
| 在任期間 | 1979年4月30日 - 1993年 |
土田 正剛(つちだ せいごう、1943年(昭和18年)10月25日[1] - 2026年(令和8年)4月16日)は、日本の政治家。山形県東根市長(7期、在任中死去)。元・山形県議会議員(4期)。
山形県東根市出身。山形県立山形東高等学校卒業[2]。1967年(昭和42年)3月、慶應義塾大学法学部卒業。1969年(昭和44年)5月、衆議院議員松沢雄蔵の秘書となる。1974年(昭和49年)12月、国務大臣となった松沢の秘書官となる[3]。
1979年(昭和54年)4月30日、山形県議会議員に就任。4期連続当選。県議時代は自由民主党に所属し[4]、同党山形県連組織委員長、政調会長、幹事長などを務めた[4]。
1993年(平成5年)2月14日に行われた山形県知事選挙に加藤紘一や近岡理一郎など自民党主流派の支援、さらに公明党、民社党、スポーツ平和党の推薦を得て立候補するも落選。
1998年(平成10年)、東根市長選挙に立候補し無投票で初当選。同年9月5日、市長に就任[5]。
2018年(平成30年)、6期連続当選(いずれも無投票)を果たす[6][7]。
2022年(令和4年)8月28日投開票の市長選では28年ぶりの選挙戦となったが元市議の新人を退け7選を果たした[8]。しかし、この頃から多発性骨髄腫に罹患し、公務を続けながら抗がん剤による治療を続けてきた[9]。
2026年(令和8年)3月3日の市議会本会議において、土田は発熱による入院で欠席したため、代理出席した鈴木敬一副市長を通じて自身が多発性骨髄腫であることを明かしたうえで、健康状態が優れない事を理由に同年秋の任期満了に伴う市長選挙に立候補せず、任期限りで退任する意向を示した[10]。しかし退任表明から約1か月半後の同年4月16日午後、山形市内の病院で死去した[11][12]。82歳没。
土田の死去に伴い、4月17日より副市長の佐藤慎司が当面の間、市長職務代理者に就く事となった[13]。また東根市選挙管理委員会は、当初8月23日に執行予定であった市長選を土田の死去に伴い、前倒しして5月24日告示・同月31日投開票で実施することとなった[14][15]。