圭斎集
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欧陽玄は潭州瀏陽県の出身で、元代で始めて行われた科挙で延祐2年(1315年)に進士になった人物であった[1]。モンゴル朝廷に仕えて以後、ジャヤガトゥ・カアン(文宗トク・テムル)の時代に『元実録』『経世大典』『遼史』『金史』『宋史』編纂に関わったことで知られる[1]。
欧陽玄の文集は門人の王師模によって集められた44巻本と、孫の欧陽祐持が欧陽玄の晩年に大都で著作したもののみを集めた24巻本があったが、どちらも散逸した[1]。現在は六世の孫の欧陽銘・欧陽鏞によって編集された明の成化7年(1471年)刊本の影印で、『四部叢刊初編』に収録されたものが伝わる[1]。これは本集15巻・付録1巻で構成され、本集15巻の内訳は詩文4巻・文11巻となっている[1]。