開山は1931年(昭和6年)、太平洋戦争が激化した1943年(昭和18年)には、軍需物資の調達を目的とした日本陸軍に接収され一時期官営鉱山となったが、終戦に伴い閉山した。
1953年(昭和28年)に名古屋鉱業(株)が露天掘りを再開し、山の斜地に精錬所・ロープウェイを建設。最盛期には1日500 tの原鉱を採掘していた。
1970年(昭和45年)に山本直作が採掘を再開して以降、1983年(昭和58年)には高木正、1989年(平成元年)には原勝美により採掘がなされたものの1996年(平成8年)に小谷村で発生した大土石流災害(死者14名)により、再度閉山された。
2013年(平成25年)に岩畔茂(地蔵鉱山開発株式会社/取締役会長)が採掘を開始、長野朝日放送のニュースとして取り上げられた。2016年4月(平成28年)より地蔵鉱山株式会社(代表取締役/大浦清一)が採掘/運営をしている。