坂口武市
日本の政治家 (1883-1958)
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経歴
鳥取県人・井上豊治郎の二男[2]、井上喜代太の弟[1]、初代平兵衛の養子[2]。坂口家は藩政時代“沢屋”と称し、綿、木綿仲買業を営んでいた[3]。初代平兵衛が、「坂口財閥」と呼ばれるように家業を発展させた。
明治39年(1906年)7月早稲田大学法学科卒業[4]。山陰電気常務取締役に就任[4]。明治42年(1909年)、分家して一家を創立す[1]。
大正15年(1926年)8月合併により広島電気(中国電力の前身)取締役山陰支社長[4]となる。
大正2年(1913年)9月の町会議員当選以来、昭和2年(1927年)3月まで13年7か月にわたり町勢伸展に尽くし[4]、同6年(1931年)6月に市会議員当選と共に市会議長に選任され、同10年(1935年)6月再選まで通算20有余年議員の職にあり、その間2期県会議員に当選した[4]。
会頭在任は3期12年間にわたり、同16年(1941年)3月に顧問に推挙された[4]。
産業功労者として県知事より、また自治功労者として米子市長より、それぞれ表彰を受けた[4]。
人物像
家族・親族
参考文献
- 猪野三郎監修『第十版 大衆人事録』(昭和9年)サ七一頁
- 『財界人物選集』(1939年)496頁
- 『米子経済九十年の歩み』(1981年、編集兼発行者 米子商工会議所)、243頁
- 佐藤朝泰『豪閥 地方豪族のネットワーク』 立風書房 2001年 424-433頁
