坂田武雄
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ペチュニア
サカタのタネが成功するきっかけとなったのは、坂田が完成させた必ず咲く八重咲きペチュニアだった(それまでは、種を撒いても八重咲きとなるのは50%程度だった)[4]。坂田は米国から数種類の種子サンプルを持ち帰り、農商務省の農事試験場の寺尾博に提供、寺尾は禹長春とともに八重咲きペチュニア種の育成法を発見したが、日本市場に需要がないことから研究は継続されず、坂田がそれを引き継いで育成法を確立し、茅ケ崎に農地を借りて温室での大規模栽培に着手、1931年に完全八重咲きペチュニア「ビクトリアスミックス」の育成に世界で初めて成功した[4]。
1934年にはこのビクトリアスミックスが全米種苗審査会(AAS)で銀賞を獲り、坂田の名は世界的となり、種の注文が世界中から殺到した[4]。以降も、毎年のように国際品評会で受賞するようになり、坂田が亡くなるまでに24回(うち9個がペチュニア改良種)のメダルを獲得した[4]。