執心鐘入
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あらすじ
研究史
構成と主題
竹鼻美玖は、『執心鐘入』を単純な「琉球版『道成寺』」とはみなしがたいとして、道成寺伝説、能『道成寺』、そして『執心鐘入』の構成差に着目する[2]。竹鼻は、道成寺伝説が「宿の女が客の僧に恋慕する」「僧の逃走と女の追跡」「女が僧を焼き殺す」「後の供養で二人が成仏する」という流れを持つのに対し、能『道成寺』は後日譚のみで成り立ち、女と鐘を中心に構成されていると論じる[2]。これに対して『執心鐘入』は、宿・逃走・追跡という前半部を持ちながら、女の鐘入りと変身を山場とするが、道成寺伝説のような成仏譚は持たないとされる[2]。
竹鼻はさらに、本作の主題について、若松が僧ではなく首里へ奉公に向かう少年であることに注目し、道成寺伝説のような「仏教」と「それを妨げる女」の対立構造は成り立ちにくいと論じる[2]。そのため同論文では、『執心鐘入』の対立は、首里へ奉公に向かう若松、すなわち王府側の人物と、それを妨げる女とのあいだに見いだされ、最終的に若松が救われ、女が退散する結末は、王府側の勝利を示すものとして解されている[2]。
『道成寺』伝説・能との関係
本作には能『道成寺』の影響が見られるとされる[1]。竹鼻も、『執心鐘入』が能『道成寺』との関連でしばしば論じられてきたことを認めつつ、両者の主題は一致しないと論じる[2]。竹鼻は、能『道成寺』が鐘再興の後日譚のみで構成され、「女と鐘」を物語の主眼とするのに対し、『執心鐘入』は前半の宿の女と若松の問答、若松の逃走、女の追跡を描くことによって、女が鬼女へ変貌する原因を示している点に特色があると整理する[2]。
また池宮正治は、本作の背景を考える際に、道成寺伝説や能との比較だけでなく、若松像、万寿寺の鐘、鬼女像の問題を独立した論点として取り上げる[3]。このことから、本作は本土の説話や能の影響だけでなく、琉球側の地理・寺院・伝承・人物像の文脈を含めて理解されてきたことがうかがえる[3]。