塩原太助
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寛保3年(1743年)、上野国利根郡新治村下新田(現在の群馬県みなかみ町)の農家、塩原角右衛門の子として生まれる。
宝暦11年(1761年)に江戸に出る。神田佐久間町の炭屋山口屋善右衛門のもとで奉公し、勤勉な働きぶりで蓄財に励む。明和4年(1767年)当時について、『角右衛門人別帳』に「男子彦七、江戸南伝馬町味そ屋太郎兵衛方へ酉より八年期奉公」とある[3]。
天明2年(1782年)、独立して本所相生町二丁目堅川畔に店舗を構えた[4]。木炭の粉に海藻を混ぜ固めた炭団を発明し大成功する[5]。
富豪になってからも謙虚な気持ちで清潔な生活を送り、私財を投じて道路改修や治水事業などをおこなった。塩原太助が贅沢を戒めた逸話は、『宮川舎漫筆』に記録がある[6]。
