塹壕足
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この症状に侵された足は、血液供給低下の結果として、青白く湿り、腫れて冷たくなる[1]。温めると赤くなって触れると痛みを感じる[1]。足に過剰な発汗が見られることもある[1]。皮膚は温度変化や接触に過敏となり、その状態が数週間続く[1]。壊死の初期状態が始まった場合は腐敗臭を放ち始めることもある。症状が進むとしばしば水疱や創傷を伴い、破傷風などの菌類による感染へつながる。これは熱帯性潰瘍と呼ばれることもある。治療せずに放置するとたいてい壊疽となり、時には切断しなくてはならなくなる。適切に治療されたならば完治するのが普通だが、再発時には短期間の強い痛みを伴うことが特徴である[2]。この障害は稀に手に生じることもある[1]。
原因
予防
治療
歴史
塹壕足は1812年のナポレオン軍の記録で初めて現れる。それはロシアからの退却中に蔓延し、仏軍の外科医ドミニーク・ジャン・ラレーが最初に書き記した[7]。第一次世界大戦で冬季に塹壕戦を戦った兵士たちもこれに悩まされ、塹壕足の名が付いた[8]。
塹壕足は1982年のフォークランド紛争でもイギリス軍で問題になった[9]。1998年、2007年のグラストンベリー・フェスティバル、2009年、2013年のレディング・フェスティバル、2012年、2016年、2019年のダウンロード・フェスティバルでも、イベント中に寒く湿った泥だらけの状態が長く続いた結果、塹壕足になった人がいくらか出たと報告されている[10]。