墨坂神社 (須坂市) From Wikipedia, the free encyclopedia 墨坂神社(すみさかじんじゃ)は、長野県須坂市に2か所にある神社。いずれも祭神は墨坂神で、天応元年(781年)に朝廷から神封1戸をあてられ奉られたという(『新抄格勅符抄』)。『延喜式』神名帳に記載されている信濃国高井郡の式内社。 芝宮 長野県須坂市須坂1048番地 (芝宮) 旧県社 長野県須坂市墨坂1丁目8番1号(八幡) 旧県社 墨坂神社(芝宮) 拝殿所在地 長野県須坂市須坂1048位置 北緯36度39分23.8秒 東経138度18分40.3秒 / 北緯36.656611度 東経138.311194度 / 36.656611; 138.311194主祭神 墨坂大神社格等 旧県社、式内社創建 白鳳2年(647年)例祭 9月14日地図 テンプレートを表示 社伝によれば、白鳳2年(647年)に大和国宇陀郡の墨坂神社から勧請し、創建された。主神の他、健御名方命を合祀している。江戸時代には須坂藩主によって、社殿の造営地などの寄進が盛んに行われた。明治3年(1870年)、社号を芝宮から墨坂神社とした。 例祭は9月14日で、その他、御射山祭、蚕糸祭、弥栄祭、商工祭が行われている。 鳥居 八幡 墨坂神社(八幡) 画像をアップロード所在地 長野県須坂市墨坂1-8位置 北緯36度39分4.1秒 東経138度18分7.2秒 / 北緯36.651139度 東経138.302000度 / 36.651139; 138.302000主祭神 墨坂大神社格等 旧県社、式内社例祭 9月22日地図 テンプレートを表示 創建は不明。主神の他、帯中津日子尊、気長足姫尊、品陀和気命尊を合祀している。慶長2年(1597年)の小山村墨坂神社と八幡宮の神道裁許状が残されている。江戸時代には須坂藩主の崇敬を受けた。寛政2年(1790年)、社号を八幡宮から墨坂神社とした。 墨坂神社の掲額は寛政2年(1790年)のものである。 宝賀寿男による異説 宝賀は、同社は生島足島神社と共に畿内と信濃国にのみ見えるという特徴があり、このことからこれら両神を奉斎する畿内中央豪族の遷住が想定され、その奉斎氏族は科野国造と主張している[1]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 宝賀寿男「二 中臣氏の初期段階ー占部と中臣氏の祖先たち」『古代氏族の研究⑤ 中臣氏 卜占を担った古代占部の後裔』青垣出版、2014年、34頁。 参考文献 『信州の文化シリーズ 寺と神社』 信濃毎日新聞社、1981年 長野県神社庁監修 『信州の神事』 銀河書房、1990年 谷川健一編 『日本の神々 -神社と聖地- 9 美濃・飛騨・信濃』 白水社、2000年 この項目は、神道に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 神道/ウィキプロジェクト 神道)。表示編集 この項目は、長野県に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:日本の都道府県/長野県)。表示編集 表話編歴神道基礎 神道(歴史) 日本神話 神 日本の神の一覧 資料 古事記 日本書紀 風土記 古語拾遺 神社 神社 神社一覧 式内社 一宮 近代社格制度 別表神社 神社本庁 単立神社 祭祀と祭礼 祭祀 神楽 祝詞 大祓詞 関連用語 神道用語一覧 神仏習合 山岳信仰 民俗学 国学 国家神道 教派神道 神職 ポータル ウィキプロジェクト コモンズ カテゴリ Related Articles