夏井保四郎
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1864年(元治元年9月)、伊予国温泉郡坂本村(久谷村を経て現松山市)で正岡権平の三男に生まれる。1884年(明治17年)に愛媛県師範学校を卒業し、小学校に訓導として勤める。その後、上京し明治法律学校に入学するも、和仏法律学校(現・法政大学)に転じ1889年(明治22年)に卒業する。1890年(明治23年)に代言人試験に合格し、大阪で開業する。
1896年(明治29年)に帰郷し、松山市で開業する。愛媛県会議員、議長を経て、1908年(明治41年)に第10回衆議院議員総選挙に出馬し、当選する。
また、1907年(明治40年)に清家久米一郎とともに松山電気軌道を創立し、社長を務め、ほか海南新聞社長、松山弁護士会会長などを歴任した。
1933年(昭和8年)5月4日に死去。
