多以良泉己
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23歳で日本競輪学校(当時)に第84期生として入学[2]。2000年4月15日、伊東温泉競輪場でデビュー[3]。2001年の春、現在の妻である競輪のマスコットガールだった宇佐美総子と出会う。2004年に鎌倉市の丘の上に自宅を新築し、2005年3月に結婚した。
2005年8月26日、大宮競輪FII初日第7レースにおいて、レース中に後続車の落車に巻き込まれ、脳と頸髄に損傷を受け全身麻痺となる大怪我を負う。のちリハビリテーションの成果で運動機能を取り戻し、11月末に退院したが、高次脳機能障害や脳脊髄液減少症の後遺症が残った[4]。レース復帰を目指したものの、後遺症の影響が大きく断念、引退を決意する[5]。
2008年7月24日、選手登録消除。通算戦績は428戦79勝(優勝4回)。
その後、リハビリにはパン作りが良いと聞き、子供のころからお菓子作りをしていたこともあり、パンやケーキを作って友人たちに振る舞った[6]。やがて自身の作るパンや焼き菓子の評判が広まり、引退後の2008年にはインターネット通販専門の「Gateau d'ange」を開店した[7]。2009年にシチズン・オブ・ザ・イヤー受賞[8]。これらの出来事は、「奇跡体験!アンビリバボー」[9]など多数のメディアで取り上げられた。
競輪選手引退後もレース復帰を目指し、2010年から2012年にかけて日本障害者自転車競技大会 日本パラサイクリング選手権トラック競技大会に出場[1]。2012年ロンドンパラリンピックの代表候補にもなったが、2012年の長男誕生を機に障害者スポーツからも引退した[10]。