多功ヶ原の戦い
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合戦の経過
景虎ら長尾・佐野連合軍は宇都宮領へ侵攻する前に小山氏の祇園城へ侵攻し、当主小山高朝を一戦も交えずに降伏させた。その後は壬生氏の壬生綱雄が拠る壬生城を攻め落とし、宇都宮領の多功城へと進軍した。宇都宮勢は多功城主で宇都宮家中一の侍大将と評された多功長朝率いる多功勢と宇都宮家からの援軍の合計約2,000騎が迎え撃った。両軍は多功城下の多功ヶ原で激突した。長尾・佐野勢は佐野氏当主で先陣の佐野小太郎(佐野豊綱)を筆頭に多くの兵が討ち取られたため、景虎は兵を引き上げた。宇都宮勢の奮闘によりなんとか長尾・佐野勢を撃退できたが、多くの将が犠牲となった。6月上旬には多功長朝ら多功勢は敗走する長尾勢を追撃し、上野国白井まで攻め込み太田資正の仲介によって和睦した[1]。