多摩カントリークラブ
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| 多摩カントリークラブ Tama Country Club | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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多摩カントリークラブの空中写真。 北西側に隣接するゴルフ場は米軍施設のTama Hills Golf Course。 2019年10月13日撮影。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。 ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 所在地 |
東京都稲城市坂浜3360番地 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 開業 | 1962年(昭和37年)8月4日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 運営 | メンバーシップコース | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 設計 | 安田 幸吉 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 運営者 | 株式会社多摩カントリー倶楽部 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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多摩カントリークラブは、東京都稲城市・多摩市・八王子市など多摩丘陵、「多摩ニュータウン」の東側にある[1]。1958年(昭和33年)春、新たなゴルフ場の建設に向けて、「多摩ゴルフ倶楽部」が設立された[1]。ゴルフ場建設用地の買収は進まず、工事着工においても土地を取得出来ず行き詰まった[1]。
1960年(昭和35年)2月28日、丸正産業・曽谷正と月光真珠・中田実らが中心となり、新たな「株式会社多摩カントリー倶楽部」を設立した[1]。多摩ゴルフ倶楽部の全てを継承し、曽谷正の「会員のカネは使わない」の方針で、資本金は役員が出資した[1]。1960年(昭和35年)12月、ゴルフ場の建設用地問題は解決し、新たに会員募集を行い、曽谷正が私財を投じた[1]。
コースの設計は安田幸吉に依頼、コースの施工は株式会社奥村組が行い、1961年(昭和36年)10月、インコース(現・アウトコース)9ホールが完成し、仮開場した[1]。翌1962年(昭和37年)8月4日、アウトコース(現・インコース)が完成し、18ホール、6,530ヤード、パー72のコースが正式開場された[1]。安田幸吉は後に、「山コースにしては面白いコースができた」と語った[1]。
コースは、開場当時はトリッキーなホールもあったが、改良を重ねたことで戦略的な丘陵コースになっている[2][3]。1976年(昭和51年)5月、サム・スニードVS.中村寅吉TVマッチが開催されている[2]。
所在地
〒206-0822 東京都稲城市坂浜3360番地
