多摩カントリークラブ

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所在地 日本の旗 日本
東京都稲城市坂浜3360番地
開業 1962年昭和37年)8月4日
運営 メンバーシップコース
設計 安田 幸吉
多摩カントリークラブ
Tama Country Club
多摩カントリークラブ
多摩カントリークラブの空中写真。
北西側に隣接するゴルフ場は米軍施設のTama Hills Golf Course。
2019年10月13日撮影。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
東京都稲城市坂浜3360番地
座標: 北緯35度37分59.51秒 東経139度28分48.51秒 / 北緯35.6331972度 東経139.4801417度 / 35.6331972; 139.4801417
概要
開業 1962年昭和37年)8月4日
運営 メンバーシップコース
設計 安田 幸吉
運営者 株式会社多摩カントリー倶楽部
コース

OUTコース INコース
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4424 1 5510
2 3211 2 4350
3 4333 3 3174
4 4433 4 4353
5 5531 5 4442
6 3151 6 4428
7 5507 7 3187
8 4440 8 5609
9 4325 9 4354
363355 363407

その他
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多摩カントリークラブ(カントリークラブ)は、東京都稲城市坂浜に広がるゴルフ場である。

多摩カントリークラブは、東京都稲城市多摩市八王子市など多摩丘陵、「多摩ニュータウン」の東側にある[1]1958年(昭和33年)春、新たなゴルフ場の建設に向けて、「多摩ゴルフ倶楽部」が設立された[1]。ゴルフ場建設用地の買収は進まず、工事着工においても土地を取得出来ず行き詰まった[1]

1960年(昭和35年)2月28日、丸正産業・曽谷正と月光真珠・中田実らが中心となり、新たな「株式会社多摩カントリー倶楽部」を設立した[1]。多摩ゴルフ倶楽部の全てを継承し、曽谷正の「会員のカネは使わない」の方針で、資本金役員出資した[1]1960年(昭和35年)12月、ゴルフ場の建設用地問題は解決し、新たに会員募集を行い、曽谷正が私財を投じた[1]

コースの設計は安田幸吉に依頼、コースの施工は株式会社奥村組が行い、1961年(昭和36年)10月、インコース(現・アウトコース)9ホールが完成し、仮開場した[1]。翌1962年(昭和37年)8月4日、アウトコース(現・インコース)が完成し、18ホール、6,530ヤード、パー72のコースが正式開場された[1]。安田幸吉は後に、「山コースにしては面白いコースができた」と語った[1]

コースは、開場当時はトリッキーなホールもあったが、改良を重ねたことで戦略的な丘陵コースになっている[2][3]1976年(昭和51年)5月、サム・スニードVS.中村寅吉TVマッチが開催されている[2]

所在地

〒206-0822 東京都稲城市坂浜3360番地

コース情報

  • 開場日 - 1962年8月4日
  • 設計者 - 安田 幸吉
  • 面積 - 480,000m2(約13.6万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - ヤード、18ホールズ、パー72、ヤード、コースレート71.2
  • グリーン - 2グリーン、ベント(ペンクロス)・コーライ
  • フェアウェイ - ベント
  • ラフ - ノシバ
  • プレースタイル - 乗用カート(5人乗り)全組キャディ付き
  • 練習場 - 打席7、60ヤード
  • 休場日 - 12月31日、1月1日[4][5]

クラブ情報

交通アクセス

鉄道

道路

(高井戸方面からのみ流出可、名古屋方面からは調布IC、または府中SICを利用する必要がある。)

エピソード

  • 1958年昭和33年)、「多摩ゴルフ倶楽部」社長・浅野欣也は会員募集を行い、1口30万円で7千万円で集めたが、ゴルフ場用地を1坪も手に入れられなかった[9]
  • 1960年(昭和35年)、「多摩カントリー倶楽部」社長・曽谷正は会員募集を行い、1口50万円、60万円で集め、不足分は曽谷正が私財を投じた[9]
  • 「多摩カントリークラブ」は、距離の短いホールがあるが、第2打以降は上級のテクニックを求められるコースである[9]
  • 初期のクラブハウスは、表玄関は平屋建てだが、コース側から見ると3階建てのユニークなデザインである[9]

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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