多田勇雄
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福岡県朝倉郡三輪町(現:筑前町)出身[2]。1902年福岡県立中学修猷館(現:福岡県立修猷館高等学校)卒業[2]後、農林業に従事。福岡県議、同参事会員などを務め[2]、弥寿銀行頭取、朝倉軌道社長、帝国農会理事等を歴任した。
1928年の第16回衆議院議員総選挙において福岡1区(当時)から立憲政友会公認で立候補して当選し[5]、衆議院議員は1期務めた。
弓道は1912年から石原七蔵範士に師事し、1937年に大日本武徳会弓道教士、1944年範士。十段。武徳会弓道部理事、全日本弓道連盟福岡支部長等を務めた[2] [4]。1964年10月15日、東京オリンピックにおけるデモンストレーションの弓道において、全国から選ばれた4人のひとりとして出場した[6]。