多禰寺
京都府舞鶴市にある真言宗東寺派の寺院
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
草創の正確な事情は不明である[1]。享保2年(1717年)の『多禰寺縁起』によれば、用明天皇2年(587年)、聖徳太子の弟、麻呂子親王(まろこしんのう)の開基と伝えられる。縁起によれば、父・用明天皇の命を受けた麻呂子親王は、丹後の庶民を苦しめた鬼賊(与謝郡三上ヶ岳に住む英胡、軽足、土熊)を「七仏薬師の法」の力で平らげ、その加護に報いるため、丹後の国に七箇所の寺を建て、七仏薬師像を安置したという。その中で、親王の護持仏であった第七薬師瑠璃光如来を本尊としたのが当寺で、医王山多禰寺と名付けられたという。平安時代に入ると七堂伽藍は威風を轟かし、近郷の菩提寺として栄えたが、鎌倉時代・室町時代の打ち続く戦乱に崩壊し、昔の壮観は影を潜めた。
現在は真言宗東寺派に属し、西国薬師四十九霊場30番札所として、風光明媚な自然の山懐にたたずんでいる。また、平安時代・鎌倉時代・室町時代などの中央作の貴重な文化財を、当初の像容で遺存されている。
境内
文化財
御詠歌
さきのよに まきつるたねの おいいでて のりのはなさく はるぞうれしき
所在地
〒625-0152 京都府舞鶴市多祢寺346

