多部田俊雄
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東邦大学付属東邦中学校・高等学校、東邦大学理学部化学科卒業。
学生時代は電波新聞社の『月刊マイコン』で、エッセイ「メジャーなゲーム作家になるために」を連載しつつ、自作ゲームの掲載など、プログラマ兼ライターとして活動した。その後、ゲームレビュー記事「T-TIME」を担当。次第に読者コーナー的な部分を持ち合わせるようになり、コーナー名を「よろしくカンパニー」へ改名している。
また、同社発売のソフトウェアのうち、PC-8800シリーズ/MZ-2000/2200並びにMZ-2500用の『パックマン』や、MSX用の『バーガータイム』、『ソフィア』を除くYMCAT作品のMSXへの移植なども行っていた。BASICが併用できる環境ではBASICプログラムをローダやタイトル表示などに用い、メイン部分をマシン語で構成することが多かった。
NECアベニュー時代はプロデューサーとして、アーケードゲーム・アダルトゲームのPCエンジンへの移植活動、NECインターチャネルに異動後はアダルトゲームの家庭用ゲーム機への移植、さらにオリジナル作品(ギャルゲー)などのプロデュース活動を行った。ゲーム作家としては『月刊マイコン』1985年3月号に掲載されたMSX用ゲームプログラム『オストリッチ』を、PCエンジン用ソフト『スプラッシュレイク』にリメイクしている。
NECアベニューは後にNECインターチャネルを経てインターチャネルとなるが、社内再編から2006年3月に退職。株式会社プロトタイプを設立した。