夜の噴水

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夜の噴水(よるのふんすい)は、山本悍右が1938年から1939年にかけて名古屋市で編集・発行したシュルレアリスム詩誌である。[1][2] 1938年11月から1939年10月までに4号が刊行され、警察の検閲や取締りのなかで第4号をもって終刊した。[1][3][2][4]

1937年7月に名古屋丸善画廊で開催された「海外超現実主義作品展」は、名古屋における戦前シュルレアリスムの重要な契機となった。[5] 山本悍右はこの展覧会に日参し、そこで山中散生を知ったことが、翌1938年の『夜の噴水』創刊につながった。[5]

刊行と内容

『夜の噴水』は冊子体の私家版として刊行され、1938年11月に創刊、1939年10月に終刊した。[6] 判型は約250×150ミリメートルで、山本自身の詩、文章、ドローイング、写真を収めた前衛的媒体であった。[6][2] 創刊号には写真作品と散文「飛行手帖 I」、第2号には「飛行手帖 II」とエドモン・ジャルウの文章の訳、第3号にはモーリス・ブランシャールの散文詩2篇の訳、第4号には「風のない島」「まへの夜」およびギュイ・レヴィス・マノの訳が掲載された。[6]

山本は本誌の用紙のために安部栄四郎を訪ねており、『夜の噴水』は五倍子下染め黄檗染純雁皮紙を用いた凝った造本でも知られる。[6][7] 1号から3号までは各100部、第4号は65部の限定刊行で、号ごとに誌名の書体や色が変えられ、創刊号には銀粉刷も用いられた。[7] 誌面では、ポール・エリュアール、ギュイ・レヴィス・マノ、エドモン・ジャルウ、モーリス・ブランシャールらの作品や翻訳、サルバドール・ダリ筆によるロートレアモン肖像が取り上げられた。[7] 寄稿者・訳者には北園克衛村野四郎山中散生江間章子西川満野田宇太郎らが名を連ね、下郷羊雄がデッサンを寄せた。[7] 編集には山本のほか、山中散生、江間章子、北園克衛、村野四郎らが加わった。[3]

終刊と再評価

『夜の噴水』は1939年の第4号で終刊した。[3][6] 内容は特高警察の懸念の対象となり、山本は1939年に取調べを受け、本誌の刊行中止を条件に釈放された。[2][4]

『夜の噴水』は、日本のシュルレアリスムにおいて「純粋にシュールレアリスムの立場を表明した最後の詩誌」と位置づけられている。[8] 2009年には、ゆまに書房の復刻シリーズ『コレクション・都市モダニズム詩誌 第3巻 シュールレアリスム』において、1号から4号までが復刻収録された。[1] 同叢書では、『夜の噴水』はシュルレアリスムという20世紀の芸術思潮に対する「日本からの返答」の一つとして位置づけられている。[1]

現存資料

関連項目

脚注

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