夜疑神社
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位置
北緯34度28分49秒 東経135度24分15秒 / 北緯34.48028度 東経135.40417度座標: 北緯34度28分49秒 東経135度24分15秒 / 北緯34.48028度 東経135.40417度
主祭神
布留多摩命
| 夜疑神社 | |
|---|---|
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鳥居と拝殿 | |
| 所在地 | 大阪府岸和田市中井町2-7-1 |
| 位置 | 北緯34度28分49秒 東経135度24分15秒 / 北緯34.48028度 東経135.40417度座標: 北緯34度28分49秒 東経135度24分15秒 / 北緯34.48028度 東経135.40417度 |
| 主祭神 | 布留多摩命 |
| 社格等 |
式内社(小) 旧郷社 |
| 創建 | 不詳 |
| 本殿の様式 | 三間社流造 |
| 例祭 | 10月5日 |
| 地図 | |
歴史

この神社の創建年代等については不詳であるが、平安時代に作られた『延喜式』にも記載されている神社である。平安初期に編纂された『新撰姓氏録』に「八木造、和多罪豊玉命の児、布留多摩命の後なり」という記述があり、古代の豪族である八木氏が祖神である布留多摩命を祀ったのが起源ではないかとされる[1]。以前は八木郷の郷社であったが、江戸時代に各村毎に村社を創設した際には中井村の村社として崇められてきた[1](古書によると、中井村の「中井」は「中八木」が転訛したものとされる[2])。その後、明治に入り1872年(明治5年)に村社に列格し、明治41年から42年(1908年から1909年)の間に八木村および北掃守村大字吉井、忠岡村大字北出・高月の村社を合祀[1]。1943年(昭和18年)に郷社に昇格している[2]。
