夢と冒険!アメリカ大横断
From Wikipedia, the free encyclopedia

1976年はアメリカ合衆国建国200周年[4]と共に、コカ・コーラが創業90周年を迎える記念すべき年であった[1]。それを記念して、日本コカ・コーラから特別番組を放映したいとの申し出が日本テレビに寄せられる[4]。これに対し、制作会社のテレビマンユニオン側は「新しいアメリカを知る」という基本コンセプトの下、アメリカ大陸6400キロを横断する企画提案を実行[4]。
大型キャンピングカーと2台のワゴンを用意し、1か月程度の旅を続けるチームを作り、面接で採用された様々な経歴を持った老若男女7人の日本人が建国200年を迎えるアメリカを巡るという、当時としては破格の規模を誇る番組を制作することとなる[4][6]。
番組は伊丹十三がナビゲーターを務め[4]、選ばれた7人がサンフランシスコを振り出しに国内5箇所で約1か月を費やしトライアルに挑戦。
1976年7月4日フィラデルフィアインディペンデンスホールで開かれたアメリカ200年祭(司会チャールトン・ヘストン)にて鐘を鳴らし、大団円を迎えるというものであった[4]。
出演者
トライアルの詳細




第1メッセージ(6月5日)
- 「サンフランシスコ近郊のユーレイカ[9]にあるセコイアの森で、樹齢1000年を越える1本の木を許可を得て伐採」[4]。
- 英語の堪能な三雲が伐採方法を専門家から聞き出し、佐藤と佐布が大木を無事切り落とす[4]。
第2メッセージ
- 「砂漠の岩山の上でおいしいオンザロックを飲む」[4]。
- アルバカーキ近くの[9]西部劇で知られる巨大なメサにヘリコプターで降下。そこに小型飛行機を操縦する高橋が氷を運び、メサの頂上に落とし全員でオンザロックを飲み干して指令を完了した[4]。
第3メッセージ
- 「日本に大豆を輸出していることでも知られる、オクラホマにて豆腐作り」[4]。
- 古木団長が得意の中国語を使って中国料理店からにがりを入手。広大な大豆畑で豆腐作りに励み無事完成、現地の農園主と共に冷奴を頬張った[4]。
第4メッセージ
- 「アトランタで現地のアメリカ人におてもやんを伝授」[4]。
- ラスベガスでエルビス・プレスリーのショーを毎年必ず最前列で見てきたという長門が、アトランタの劇場でおてもやんを見事に披露[4]。ショーダンサーらもそれを完璧に再現し、劇場に大拍手が起きた[4]。
最終メッセージ(6月30日)
放映日時・放送していたネット局
スタッフ
エピソード
- ロケーション中はカメラの故障[10]をはじめ、総勢20人以上の航空券をレンタカーの中に置き忘れたり、収録済のVTRを紛失したり(VTRは後に無事発見)とトラブルが絶えなかった[7]。テレビマンユニオンは本番組の制作を通じて、グループ海外移動撮影のノウハウを学んだとされる[7]。
- ナビゲーターを務めた伊丹にとっては、本番組が特に感慨が残るものとなっており、最後に「アメリカ人というのは、自分が国家につながっていると思っている。『それがすごい』というのをこの旅でしっかりと知らされた」とのコメントを述べている[2]。また、郷里の愛媛県松山市にある伊丹十三記念館には、ロケーション中に長男の万作(当時4歳)へ宛てた14通の葉書が展示[11]。