別名義に、小堀 靖生[1]、おおくぼそりや[2]がある。徳島市生まれ[3]、1955年に京都大学文学部言語学科卒業[4]。
大学卒業後も『早稲田大学新聞』(早稲田大学新聞会)、『情況』第1期(情況出版)等の左派系媒体にソシュール言語学や現代思想に関する論考を数多く発表していた。大学在学時からカール・マルクスや梯明秀の影響を受け、疎外論を重視する立場であった大久保は、やがてその立場から人間存在と言語との関係性を考究するようになり、「言語共産学」と称する独自の言語思想を提起するに至っていく。
また戦後日本SFの論者としても、1962年『悪魔運動』誌に小堀名義で発表した「SF論序」において、SFを「サイエンス・フィクション」ではなく「スペキュレイティヴ・フィクション」として位置付けていた。この論文を根拠として、日本で初めて「スペキュレイティヴ・フィクション」という名称を用いたと見做されている[1]。1970年代には『季刊NW-SF』誌上において、「共産主義的SF論」を連載した(未完)。