江戸時代以前は大井郷と呼ばれる、後に開通する川越街道よりも東方に位置する村であった。寛永年間の川越街道の開通に伴い、街道沿いに村が移転、宿場町を形成してゆく。
幕末期には旅籠が5軒営業していたとされ、明治期に入ってからも新たに4軒が開業するなど、近村に無い賑わいを見せた。しかし明治14年(1881年)、15年(1882年)、25年(1892年)と三度の大火に見舞われ、徐々に衰退。現在は往時を偲ばせる面影はほとんど残っていない。
現在は国道254号沿いに商店、住宅、小学校などが並び、本陣跡にはカフェが建っている。[1]