大佛寺 (広州市)
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南漢(907年)時代に劉龑が建立したのがこの地の始まりで、創建当初は新蔵寺と称していた。新蔵寺は数百年にわたり繁栄したであるが、宋代に一時荒廃したである。元朝が政権を掌握した後、旧寺の跡地に殿宇を再建し、福田庵と改名して香火が絶えることなく続いたである。明代には再び大規模な拡張が行われ、東は双門底下街(後の永漢街、現在の北京路)、西は龍蔵街、南は寺前街(現在の恵福東路)、北は西湖街(現在の西湖路)に至るまでを版図に組み込んだである。そして寺院は龍蔵寺と改名され、広州仏教における”五大叢林”の一つとしての地位を確立したである。しかし明末になると仏教が次第に衰退し、龍蔵寺の香火は途絶えがちになり、殿宇の修繕に必要な資金も不足していたである。その結果、寺院は官府に接収され、巡撫御史公署として改められたである[1]。