大原祐子
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東京都生まれ[2][注釈 1]。父は元協和銀行常任監査役の大原申三(1908年〈明治41年〉1月17日[5] - 1967年〈昭和42年〉7月3日[6])[5]。
立教女学院小学校および同中学校卒業を経て、1956年3月、立教女学院高等学校卒業。1960年3月、立教大学文学部史学科卒業。1963年3月、立教大学大学院文学研究科修士課程史学専攻修了(文学修士)。同年4月、世界経済調査会研究員(1971-72年の中断期間をはさんで1977年3月まで)。 1973年5月、カナダ・ヴィクトリア大学大学院修士課程歴史学専攻修了(Master of Arts)。1976年3月、立教大学大学院文学研究科博士課程西洋史専攻単位取得退学。立教大学在学中は清水博に師事[7]。
1977年4月、東京大学教養学部助教授(アメリカ研究資料センター)に就任。
1987年1月29日、東京大学の演習授業でコメンテーターとして発言している最中にクモ膜下出血で倒れ、一命をとりとめるもその後は療養生活に入る[3]。1992年3月に東京大学を退職。同年から横浜市戸塚区の特養ホームに生活の本拠を置く[3]。2017年4月14日、膵臓がんのため逝去[3]。79歳没。