大善院 (常滑市)

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所在地 愛知県常滑市奥条5丁目20
位置 北緯34度53分6.6秒 東経136度50分54.5秒 / 北緯34.885167度 東経136.848472度 / 34.885167; 136.848472座標: 北緯34度53分6.6秒 東経136度50分54.5秒 / 北緯34.885167度 東経136.848472度 / 34.885167; 136.848472
山号 補陀落山
大善院
大師堂
所在地 愛知県常滑市奥条5丁目20
位置 北緯34度53分6.6秒 東経136度50分54.5秒 / 北緯34.885167度 東経136.848472度 / 34.885167; 136.848472座標: 北緯34度53分6.6秒 東経136度50分54.5秒 / 北緯34.885167度 東経136.848472度 / 34.885167; 136.848472
山号 補陀落山
宗派 真言宗豊山派
本尊 十一面観音菩薩
創建年 不詳
中興年 文明元年(1469年)
中興 興覚法印
札所等 知多四国霊場63番
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大善院(だいぜんいん)は、愛知県常滑市奥条5丁目20にある真言宗豊山派寺院。山号は補陀落山。本尊十一面観音菩薩知多四国霊場第63番札所。とこなめ陶の森の南西にある。

古代

白鳳年間(684年)、天武天皇勅願寺として知多郡西阿野村の御嶽山に僧院が創建された[1]。この僧院はやがて荒廃したが、養春上人は南坊の本尊である十一面観音を移して大善院を創建した[1]

弘仁年間、空海巡錫した際に大善院を訪れ、自作の見護弘法大師像と加持霊水を残した[1]

中世・近世

常石神社

文明元年(1469年)、初代常滑城主の水野監物忠綱は大善院に十一面観音菩薩を造立し、興覚法印が入寺して中興開山となった[1]

明応3年(1494年)、後の常石神社から素戔嗚尊を分祠して鎮守社の中の宮とした[1]

文化6年(1809年)には亮山によって霊場の開創が発願され、大善院は知多四国霊場第63番札所となった。

近代・現代

1872年(明治5年)には大善院に義校が創立され、1876年(明治9年)には奥条学校(常滑市立常滑西小学校の前身の一つ)となった[2]

2013年(平成25年)には陶製ブロック塀が「大善院陶製建材資料群」として文化庁国立近現代建築資料館保存資料に登録された[1]

境内

  • 本堂
  • 大師堂
  • 冬花庵観音堂 - 兵庫県宝塚市から移築した橋本関雪のアトリエ[1]
  • 大善院のイブキ
  • 本四国八十八ヶ所御砂踏霊場 - 知多半島最古のお砂踏み霊場[1]

文化財

大善院のイブキ

県指定天然記念物

  • 大善院のイブキ
    • ヒノキ科の常緑高木であるイブキ。樹高15メートル、幹周り4メートル、根周り5メートル[3][4]。推定樹齢は500年から600年[3]。見事な枝ぶりであり[5]、地域のシンボルとなっている[3]。この個体は雌株であり、4月から5月に薄緑色の雌花を咲かせる[3][4]。近くに雄株がないため結実したことはないとされる[6]
    • 中興開山である興覚法印が死去した延徳元年(1489年)に植樹されたと伝わる[7][6]。1971年(昭和46年)9月21日常滑市指定[7]。2016年(平成28年)8月26日愛知県指定[4]。同じ常滑市では大野町のイブキも愛知県指定天然記念物に指定されている。

市指定文化財

現地情報

所在地
アクセス

脚注

参考文献

外部リンク

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