大坂弘道
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鳥取県倉吉市出身[3]。鳥取県立倉吉東高等学校、東京学芸大学卒業後、美術教師をしながら木工製作を独学。34歳から木工芸家本橋玉斎、氷見晃堂、竹内碧外らに師事する[3]。木工芸に限らずほとんどの人間国宝が家業として、あるいは子供のころから修業の道に入り、遅くとも大学・学校を卒業後直ちにその道に進んでいるのに比べ、大学卒業後しばらく公立学校教師についていた異例の人間国宝である。
唐木指物などの木工画法を得意とし華麗な装飾が特徴である。複雑な文様の木画にさらに象牙や水晶、金銀などの材料を象嵌した技法は高度である。古代の木工品は複雑な文様のものが多く、そのため1980年には宮内庁から依頼を受け、1986年に正倉院宝物「紫檀木画箱」の複製を完成させる[3][2][4]。