大岩堅一
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千葉県木更津市出身。大学生時代は文化放送でアルバイトをして、同局アナウンサー(当時)の竹内靖夫から おだてられたことがきっかけで、アナウンサーを本格的に目指す様になる[1]。
1980年4月、朝日放送[2]にアナウンサーとして入社。入社後は主にABCラジオの深夜放送で活躍。ケンケンのニックネームでリスナーに親しまれ、人気を博す。
同局スポーツ アナウンサー(当時)の楠淳生とのケンクス コンビは雑誌『月刊ラジオパラダイス』のパーソナリティ人気投票で最高12位(1988年5月号)を記録するなど人気を博した。
1988年6月、朝日放送を退社。この時点で、楠とのケンクス コンビは解散。月刊ラジオパラダイス 1988年8月号『ラジパラタイムス』では「ケンクス コンビは永遠に散解!」と報じられた。翌月、開局したFM長野にアナウンサーとして入社。長野県松本市へIターンする。同局ではアナウンサー業と共にディレクターなどを務めた。
同年9月より開始した試験放送で開局以降も続く17時の平日帯 夕方ワイド番組『マイ・ハーティ・タイム』を担当。『マイ・ハーティタイム』降板後は平日帯 朝ワイド番組『タブロイドラヂオ Let's午前中!』が主な担当番組だった。番組独自の「長野県の三大方言」の制定を始めとして、長野県在住の放送作家 加瀬清志との共著『スタヂオの窓から信州が見える』の執筆活動などを行った。
SBCラジオの特別番組『ラジオなんかいらない』では放送局の垣根を越えて、パネリストの1人として出演。当時、ライブドアによるニッポン放送の買収騒動などでラジオ業界が注目された中での出演だった。
2005年10月の大規模な番組改編で平日の生ワイド番組からは完全に離れ、担当番組は週末の生番組『SATURDAY-D』のみとなった。
2006年3月31日、FM長野を退社。フリーアナウンサーとして活動していたが、2013年10月1日より、あづみ野FMの社員スタッフになり、アナウンサーとして番組を担当している。
現在の担当番組
あづみ野FM(コミュニティー)
- 金曜プライム・スタヂオ(2012年12月 - )生放送
- 頂は今日も晴天なり(開始日不明 - )
※あづみ野エフエム放送は、長野県安曇野市を中心エリアとするコミュニティ放送。
過去の担当番組
朝日放送(ABCラジオ)
- ABCヤングリクエスト(1981年10月 - 1986年9月)[1]
- ケンケン・クッスの☆☆倶楽部 THE GANG(1985年10月 - 1986年9月)[1]
- ABCラジオジラ(1986年10月 - 1987年9月 金曜担当)[1]
- ABCラジオファンキーズ(1987年10月 - 1988年3月、月曜担当 → 1988年4月 - 6月、金曜担当)
FM長野
- マイ・ハーティ・タイム(1988年10月 - 1994年3月)
- 中部電力 信州Seven Days(1988年10月 - 1992年3月)
- 薔薇色 金曜カタルシス(1994年4月 - 1996年3月)
- タブロイドラヂオ Let's午前中!(1996年5月 - 2003年3月)
- Start Your Engine あ・さ・い・ち!(2003年4月 - 2005年9月 水・木曜担当)
- SATURDAY D Timeslip Touring〜土曜の昼は僕の生きがい〜(2005年10月 - 2006年3月)
- 土曜アメニ亭(2008年10月 - 2013年9月)
SBCラジオ
- わくわくわいど! アッパレ大通り(2006年4月 - 2008年3月 水 - 金曜担当)
- タイムスリップ サタデー!(2008年4月 - 9月)
- 松本宵の口Magazine(2006年10月3日 - 2009年3月 )
- YOUスタ深志3丁目(2009年4月 - 2013年3月)
あづみ野FM(コミュニティー)
- おはよう! あづみ野(2013年4月 - 終了日不明)
著書
- スタヂオの窓から信州が見える(1998年10月、加瀬清志共著、信濃毎日新聞社、ISBN 978-4784098149)