大島武

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出身地 日本の旗 日本 東京府 (現:東京都)
生年月日 (1922-12-15) 1922年12月15日
没年月日 (2008-10-26) 2008年10月26日(85歳没)
投球・打席 右投右打
大島 武
基本情報
出身地 日本の旗 日本 東京府 (現:東京都)
生年月日 (1922-12-15) 1922年12月15日
没年月日 (2008-10-26) 2008年10月26日(85歳没)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手
プロ入り 1942年
初出場 1942年3月31日
最終出場 1943年11月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

大島 武(おおしま たけし、1922年12月15日 - 2008年10月26日[1])は、東京府(現:東京都[2]出身のプロ野球選手

旧制帝京商業学校(現:帝京大学高等学校)では、4番・中堅手として1939年1941年の甲子園出場に貢献した(ただし、1939年は杉下問題で、1941年は関特演のため出場辞退に追い込まれている)[3]。また、当時のチームメイトには、1番・田中宣顕、2番・大屋克己、3番・藤原鉄之助、7番・桜沢三郎、控え投手・杉下茂など、のちにプロ入りする選手が多数いた[3]

1942年阪神軍に入団[2]。長身だったため、長打力を期待され出場機会を多く与えられたが、門前眞佐人の牙城を崩せず、1943年オフに応召され、退団した[4][5]

戦後は、明電舎、永田製作所を経て、1948年大昭和製紙に入社[6]。控え選手ながら、1948年1949年の都市対抗出場に貢献した[6]。その後は明電舎に戻り、1951年、1953年のサンベツに出場している[7]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1942 阪神 336660610100113421--5--09--.167.231.183.414
1943 2651374500052030--14--012--.135.373.135.508
通算:2年 59117971015100165451--19--021--.155.293.165.458

背番号

  • 29(1942年 - 1943年)

脚注

関連項目

外部リンク

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