大島良雄
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1911年(明治44年)、北海道札幌市に生まれる。父は農学者の大島金太郎であった。1926年(昭和2年)官立東京高等学校理科2類に入学し、1930年(昭和5年)東京帝国大学医学部医学科に入学した。1934年(昭和9年)、大学付属病院物療内科に入局した。1940年(昭和15年)、論文「酸性泉の人体に及ぼす影響について」により、医学博士の学位を授与される。1944年(昭和19年)に岡山大学教授となり、終戦直前の1945年(昭和20年)陸軍軍医少尉となる。第二次世界大戦後は、岡山医科大学放射能泉研究所(現在の岡山大学病院三朝医療センター)所長となる[1]。1947年(昭和22年)11月27日、三朝温泉に昭和天皇の戦後巡幸があり、昭和天皇に放射能泉について進講する機会を得る。興味を示した天皇に対し、翌日、浴室で放射能測定実験を披露した[2]。
1950年(昭和25年)三朝分院院長、1953年(昭和28年)信州大学医学部第二内科教授、1955年(昭和30年)朿京大学医学部物療内科教授、1968年(昭和43年)東京大学医学部付属病院長にそれぞれ就任した。1970年(昭和45年)、同大学を定年退職した。1971年(昭和46年)に埼玉医科大学教授、同大学付属病院院長に就任した。この間、日本アレルギー学会、日本リウマチ学会、目本リハビリテーション医学会、日本温泉気候物理医学会、日本温泉科学会、日本結合組織学会、国際リウマチ学会の各会長を務めた。