大後美保
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牛込中里(新宿区)にて生まれ[3]、東京帝国大学(現在の東京大学)に入学する[1][2]。大学時代は農学部に在籍し[2][3]、1935年(昭和10年)に卒業した[2][3]。卒業後は中央気象台(現在の気象庁)に入庁し[1][2]、産業気象の要員や後に技手として活動した[2][3]。大学で学んだ農学と気象について学び、主に気候による農作物への影響を研究する[2]。その後は気象台に所属する技術官の養成所や気象技師[3]、古巣の東京大学農学部の講師を務めた[3]。1946年(昭和21年)に同課長に就任し[1][3]、同時に農学博士の称号を得た[2][3]。
1951年(昭和26年)に日本の桜の開花の予想(桜前線)を発表し始め[1][2]、多くの賞を受賞する[2][3]。その後も産業気象協会及び日本農業気象協会の会長を歴任した[2][3]。1964年(昭和39年)5月に気象庁を離れた後も[2][3]、気象研究に携わり、産業科学学会会長や東北大学農学部の講師を務める[3]。1968年(昭和43年)には成蹊大学教授として活動し[1][2]、産業気象学の教鞭を執った。この業績から同大学内に所在する天文気象観測所長や後に名誉教授に赴任した[2][3]。