中国唐代の書『翰苑』は日本の十二等の官の第一が麻卑兜吉寐で、華言(中国語)で大徳というと記す。この麻卑兜吉寐は発音を転写したもので、マヒトキミまたはマヘツキミ(現代かな遣いではマエツキミ)とされる。マヒトキミ説では真人君の字をあてる。
マエツキミは前つ君、(天皇あるいは大王の)前にいる臣の意味で、朝廷の合議に参加する資格を持つ高官である。マエツキミに『日本書紀』は大夫などの字をあてる。『翰苑』では大徳だけが麻卑兜吉寐と読めるが、大徳の人数は少なく、マエツキミの人数と開きがあるので、マエツキミ説では大徳と小徳をマエツキミにあてる[3]。