大日本文明協会

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大日本文明協会(だいにほんぶんめいきょうかい、1908年明治41年)- )は、早稲田大学総長の大隈重信がかつて創設した会員制の出版社。欧米思想の代表的著作の翻訳・出版、講演等を通じて国民の啓蒙活動を行った後、戦時下に自然消滅した[1]

大日本文明協会は、1908年(明治41年)4月3日、東京にて創立された。目的は、会員に、「広く知識を催進し、志を高めること」、「健全な欧米最新の思想を応用すること」、「真に活動的な国民たるの品格の涵養すること、新興国として、新たな文化を開くこと」であった[2]。当初は活動期間を36か月(1911年9月まで)と定めていたが、この第1期に、第2-3期が続き、1915年(大正4年)まで活動した[3]

協会の刊行物は非売品とされ、会員以外には分与しないことを定めていた。会費は月1円(全期65円。特別会員は3倍料金)とされていた[注釈 1]

一方、前年の1907年には丸善からマイエル百科事典Meyers Konversations-Lexikon)の小型版である『マイエル小百科全書』が刊行されており、同年11月16日には、東京市で日比谷図書館が開館した。

第1期は1910年まで『大日本文明協会叢書』49編が確認されている。

第2期(1912年 - )は軍事・国際情勢など48編、第3期(1914年 - )から1915年(大正4年)は法律・政治などの翻訳書等54編が確認されている。世界的に植民地時代であったこともあり、「人種改良学」、「植民政策」、「社会統制論」など、多様性主権人権につき否定的な思想論文も存在する[3]

役員

印刷所は秀英舎京橋区西紺屋町、現大日本印刷)であった。

会長
評議員
顧問

主な出版物

  • 大日本文明協会 「欧米人の日本観」上中下巻。 大日本文明協会叢書第1編(第1期)。1908年。
  • 大日本文明協会「英国産業革新論」『大日本文明協会刊行叢書』第2編、大日本文明協会、1908年。 
マルサスの人口論などを紹介した。

関連項目

脚注

参考文献

外部リンク

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