東京印刷
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実業家の星野錫(ほしのしゃく)が渋沢栄一により、1887年から2年間米国に留学派遣され、日本人で初めて写真版印刷技術を取得し[1]、帰国後、王子製紙から東京製紙分社と横浜製紙分社を譲り受け、1896年に東京印刷を設立(当初は専務、後に社長)。当初は本社・工場とも東京市日本橋区兜町であった。
日中戦争が進行中の1940年8月17日には、凸版印刷、大日本印刷とともに大蔵省から日本銀行券印刷の委託も受けた[2]。その後の1942年5月5日、美術印刷と合併し、東京証券印刷と改称[3]。
しかしながら戦後は紙幣印刷の民間委託が終了し、労使紛争も生じて経営が悪化した[4]。
1951年、新東京証券印刷に改称して大日本印刷の経営支援を受けたが再建に至らず、1956年に資産一式を大日本印刷に売却し、工場は翌1957年からDNPの王子工場となっている。