大松桂右
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来歴
大阪府八尾市八尾木北生まれ、八尾市立曙川幼稚園、八尾市立曙川小学校、八尾市立曙川南中学校卒業。1985年(昭和60年)4月、八尾市に開校したばかりの私立「金光第一高等学校八尾学舎」(分校)に入学[4](1987年に独立校の「金光八尾高等学校」となる)。
1995年(平成7年)の統一地方選挙の1週間前、八尾市議会議員を務める父の大松銑太郎(山本銑太郎)が入院。銑太郎の選挙を手伝い、秘書を務める。
1999年(平成11年)の統一地方選で、銑太郎の「通算6期24年間」の地盤[5]を継ぎ、八尾市議会議員に初当選した(以後通算4期)[6]。
2012年(平成24年)には八尾市議会議長(第68代)に就任。
2015年4月26日の八尾市長選挙に、大阪維新の会と次世代の党推薦で初出馬。現職の田中誠太に一騎打ちで敗れる[7]。
2019年4月22日の八尾市長選に、大阪維新の会から公認で再び出馬。4選を目指した現職の田中誠太ら2候補と三つどもえの末、初当選した[8]。5月1日、市長就任[9]。
2023年4月23日の八尾市長選に大阪維新の会から三度出馬。元職の田中誠太ら3候補との選挙戦で勝利し、再選した[10]。
なお、八尾市議会の議員定数(28人)や報酬について、2015年に「大阪維新の会」会派が削減(定数15人に、報酬30%カット)案を議長に申し入れたことを例に出し、「どのように進むのか見守る」と述べている[11]。2025年6月19日時点の定数は26人[12]。
人物
通名「大松」
大松は父・大松銑太郎と同じく、「大松」の通名を使用している。市長の職は行政機関(の長)であるため、住民票など法的効果を有する公文書文書には、八尾市長名として通名の「大松桂右」ではなく、本名の「山本桂右」が記載されている[13]。なお、首長の通名では、過去に大阪府知事で横山ノック(山田勇)と太田房江(齊藤房江)の例がある。
通名の大松で公認した大阪維新の会だが、八尾市が松井一郎代表の地元(大阪府議会議員時代の選挙区)でもあり、松井自ら八尾市に入って大松を選挙応援。ただし、どの場面でも本名は一切なく、通名の「大松桂右」が使用されていた[14][15]。
松井一郎と親子二代
大松と松井は同じ世襲政治家で、大松の父・大松銑太郎が1975年(昭和50年)38歳で八尾市議会議員に初当選した際、同じ38歳で再選した議員が松井一郎の父・松井良夫である[16]。