大橋健男
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町長就任以前
宮城県宮城郡松島町出身。東北大学大学院工学研究科を修了し、一級建築士となった[1]。
1978年(昭和53年)に仙台市役所入庁後、街並みデザイン課長・住環境整備課長等を歴任し、松島町長選挙へ立候補するため2006年(平成18年)12月に退職した[1]。
2007年1月松島町長選挙
仙台市役所を退職後、汚職事件で逮捕・起訴された内田鉄夫の辞任に伴い2007年(平成19年)1月9日に告示された松島町長選挙に立候補した[2]。選挙では前松島町議会議員の松谷昭一に443票差で落選した[3]。 ※当日有権者数:13,529人 最終投票率:72.75%(前回比:-6.36pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 松谷昭一 | 58 | 無所属 | 新 | 5,106票 | 52.3% | |
| 大橋健男 | 55 | 無所属 | 新 | 4,663票 | 47.7% |
2007年4月松島町長選挙
松谷昭一が当選し町長に就任してから2か月が経った2007年(平成19年)3月4日、利府町内の国道45号で起きた交通事故により松谷は死去した[4]。これにより町長不在となり、松島町選挙管理委員会は新たに町長選挙を第16回統一地方選挙に合わせ実施した[2]。
2007年(平成19年)4月17日に告示された松島町長選挙では、大橋のみが立候補し、無投票で初当選を果たした[5]。
2011年松島町長選挙
2011年(平成23年)4月に大橋の任期満了に伴い予定されていた松島町長選挙は、東日本大震災の影響で延期となった[6]。その後、同年9月6日に告示が行われ、大橋と前町長の内田鉄夫、他1人が立候補した。同年9月11日の選挙では大橋が他2人を抑え4,694票を獲得、2選を果たした[7][8]。
※当日有権者数:13,000人 最終投票率:68.46%(前回比:-4.29pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 大橋健男 | 60 | 無所属 | 現 | 4,694票 | 53.3% | |
| 内田鉄夫 | 63 | 無所属 | 元 | 2,925票 | 33.2% | |
| 小幡公雄 | 62 | 無所属 | 新 | 1,195票 | 13.5% |
2015年松島町長選挙
2015年(平成27年)8月25日に大橋の任期満了に伴い告示された松島町長選挙では、大橋と元松島町議会議長の櫻井公一の2人が立候補した。同年8月30日の選挙では大橋は614票差で櫻井に敗北し、町長を退任することとなった[9]。
※当日有権者数:12,739人 最終投票率:61.19%(前回比:-7.27pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 櫻井公一 | 65 | 無所属 | 新 | 4,162票 | 54.0% | |
| 大橋健男 | 64 | 無所属 | 現 | 3,548票 | 46.0% |
晩年
2018年(平成30年)に開催された第12回「いつもありがとう」作文コンクールにて、大橋の孫が大橋を題材として綴った「あんこのきずな」という作文が3万8086点の作品の中から最優秀賞に選ばれた[10]。この作文中に大橋が病気を患っていたことが記されている[11]。