仙台市役所
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| 仙台市庁舎 | |
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| 情報 | |
| 用途 | 仙台市政の中枢施設 |
| 主構造物 | 本庁舎・議会棟・駐車場・噴水広場など |
| 設計者 | 山下寿郎設計事務所 |
| 施工 | 大林組 |
| 建築主 | 仙台市 |
| 事業主体 | 仙台市 |
| 管理運営 | 仙台市 |
| 構造形式 | 鉄筋コンクリート構造 |
| 敷地面積 | 13,714.04 m² |
| 建築面積 | 4,818.79 m² |
| 延床面積 | 31,237.15 m² |
| 階数 | 地下2階・地上8階・塔屋3階(本庁舎) |
| 竣工 | 1965年(昭和40年)10月(本庁舎・議会棟) |
| 所在地 |
〒980-8671 宮城県仙台市青葉区国分町3丁目7-1 |
| 位置 | 北緯38度16分5.1秒 東経140度52分10.2秒 / 北緯38.268083度 東経140.869500度 |

写真左上に(第三代)仙台市役所庁舎が写っている。
その他、写真右下の錦町公園には1998年(平成10年)まで存在した仙台市レジャーセンター、その左上に同1975年新築移転して改称したばかりのホテル仙台プラザ、写真中央に勾当台公園、中央上に高層ビル化前の宮城県庁舎などが写っている。なお、当写真は仙台市電の営業最終年度に撮影されており、定禅寺通の勾当台通より東側の併用軌道区間には現在のような街路樹が植栽された中央分離帯が無い。

仙台市議会議事堂南側の植栽は、この後駐車場になった。
その他、仙台市電廃止により、勾当台通にあった県庁市役所前駅も廃止され、勾当台公園では仙台市地下鉄南北線の建設に伴う勾当台通のクランク解消工事が行われ、県庁では宮城県議会議事堂の新築工事が行われている。
沿革
歴代の市庁舎は、表小路に面して建てられてきた。第三代の庁舎は山下寿郎設計事務所による設計で[1]、市役所として機能性を考慮した他、東西に杜の都をイメージした深緑色の外壁タイル、近隣の一番町四丁目商店街から見える位置に電光時計を設置した外観が特徴である[2]。展望室が設けられており完成当初はエレベーターガールが配置されていた[3]。
- 1878年(明治11年) - 郡区町村編制法施行により、仙台区が発足。
- 1883年(明治16年) - 仙台区役所庁舎が着工[4]
- 1885年(明治18年)11月9日 - 仙台区役所庁舎が完成し、区役所が移転開所[5]。当時の住所は宮城県仙台区表小路8番地。
- 1889年(明治22年) - 市制施行により、仙台市が発足。仙台区役所庁舎は(初代)仙台市役所庁舎に転用[5]。
- 1926年(大正15年)[元号要検証] - 第二代の仙台市役所庁舎が着工[4]。
- 1929年(昭和4年)1月 - 第二代の仙台市役所庁舎が竣工[4]。地元の建築家である細谷慎治が設計を担当し、ルネッサンス様式RC造3階建ては「白亜の殿堂」と呼ばれた[3]。中央の高塔上部にはサイレンが設置され、正午の合図として用いられていたが、太平洋戦争中は空襲警報に転用された。
- 1965年(昭和40年) - 第三代の仙台市役所本庁舎(現本庁舎)が竣工[5]。豪華な先代とは異なり戦後モダニズムの典型とされる安定感のある設計となった[3]。第二代庁舎の北側に現本庁舎が建設された。第二代庁舎の跡地は、現本庁舎玄関前の噴水広場になっている[注 1][6]。住居表示実施前の住所は、宮城県仙台市表小路10番地。
- 1967年(昭和42年) - 第三代の庁舎が第8回BCS賞を受賞[2]。
- 2027年(令和9年)翌年度初めごろに第四代の仙台市役所新庁舎が完成し利用開始を予定[7]。