大江玉淵 平安時代前期の貴族。策、式、日向守、少納言、従四位下、丹後守。子に朝典(大舎人頭)、朝衡(能登守)。養子に白女(歌人、古今集作者、勾当) From Wikipedia, the free encyclopedia 大江 玉淵(おおえ の たまふち)は、平安時代前期の貴族。参議・大江音人の子。大江朝綱の父。また、歌人としても知られる遊女・白女を女(むすめ。養女)とした[1]。官位は従四位下。 時代 平安時代前期生誕 不明死没 不明官位 従四位下概要 凡例大江 玉淵, 時代 ... 凡例大江 玉淵時代 平安時代前期生誕 不明死没 不明官位 従四位下主君 光孝天皇氏族 大江氏父母 父:大江音人兄弟 公幹、玉淵、千里、宗淵、染淵、千秋、千古、春潭、千枝子 朝典、朝衡、朝綱養子:白女テンプレートを表示閉じる 経歴 兵部少丞・式部少丞を経て、光孝朝の仁和2年(886年)従六位上から三階昇進して従五位下に叙爵し、日向守に任ぜられる。その後の経歴は不明であるが、息子である朝綱の参議任官について記した『公卿補任』では、朝綱を「従四位下玉淵男」と記されており、玉淵は従四位下に叙されていたと推定されている。 官歴 『日本三代実録』による。 元慶5年(881年) 4月9日:見兵部少丞 時期不詳:従六位上。式部少丞 仁和2年(886年) 正月7日:従五位下(越階)。正月16日:日向守 時期不詳:従四位下[2] 脚注 [1]『新撰十訓抄』田中健三著 (東林書房, 1931) [2]『公卿補任』天暦7年条 参考文献 関口力「大江玉淵」(『平安時代史事典』(角川書店、1994年) ISBN 978-4-04-031700-7) 井上辰雄『平安儒家の家 大江家のひとびと』塙書房、2014年 ISBN 978-4-8273-1265-2 第2章「大江朝綱」 Related Articles