大泉寺 (中津川市)

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所在地 岐阜県中津川市北野町4丁目1
位置 北緯35度30分14秒 東経137度30分2秒 / 北緯35.50389度 東経137.50056度 / 35.50389; 137.50056座標: 北緯35度30分14秒 東経137度30分2秒 / 北緯35.50389度 東経137.50056度 / 35.50389; 137.50056
山号 中道山
宗旨 浄土宗
実相院 大泉寺
所在地 岐阜県中津川市北野町4丁目1
位置 北緯35度30分14秒 東経137度30分2秒 / 北緯35.50389度 東経137.50056度 / 35.50389; 137.50056座標: 北緯35度30分14秒 東経137度30分2秒 / 北緯35.50389度 東経137.50056度 / 35.50389; 137.50056
山号 中道山
宗旨 浄土宗
宗派 鎮西派
本尊 阿弥陀如来
創建年 天正4年(1576年
開山 安誉虎角
開基 市岡前長右衛門
札所等 恵那中部新四国八十八ヶ所 第22番
公式サイト 大泉寺
法人番号 8200005009026
大泉寺 (中津川市)の位置(岐阜県内)
大泉寺 (中津川市)
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大泉寺(だいせんじ)は、岐阜県中津川市北野町にある浄土宗鎮西派の寺院知恩院の末寺[1]。山号は中道山。本尊阿弥陀如来[1]。恵那中部新四国八十八ヶ所 第二十二番

寺宝

室町時代末期、恵下に瑞應寺という寺院の堂宇があったが、その後下町へ移り、街道交通の変遷に伴ない当時の集落の中心地の本町(泉町)へ移転し大泉寺が建立されたと伝わる。

天正4年(1576年)、酉誉聖聡門下の了暁慶善の法孫 安誉虎角大和尚が開山した。安誉虎角は、武田信玄晴信の知遇を得たとの伝承もある。

開基は、遠山氏の重臣で恵下にあった徳ノ城主の市岡前長右衛門尉である。

文久2年(1862年)の火災により堂宇はすべて灰燼に帰した。梵鐘も焼失したが、現在のものは鐘楼に同じく昭和35年(1960年)に造られたものである。

旧大泉寺址には、江戸時代中期の墓石が多く残され、墓地入口には観音堂がある。

苗木城明治3年(1870年)に取り壊されたが、大泉寺の再建にあたり堂宇の骨格に、苗木城の古材が使用されたとも言われる。

城門を譲りうけたとの伝承もあり、苗木城の城門を木曽川を渡して運び、寺の門にしたといわれる。ちなみに今の庫裡裏東入口にある門は武家門である。

明治6年(1873年)北野 字 大西の地に再建され現在に至っている。

また大泉寺は東濃における他力浄土念仏の道場として400年余りの歴史を有するほかに、恵那中部新四国八十八ヶ所のうち第二十二番札所でもある。

本尊以外の宝物としては、以下が所蔵されている。

  • 勢至・観音菩薩像
  • 善導大師像
  • 元禄の銘が有る法然上人像の西乾漆像
  • 恵心僧都の筆によると伝わる山越三尊の図の掛軸
  • 延宝7年(1679年)の銘の有る涅槃曼陀羅

境内

稲荷神社がある。大正の初め伏見稲荷より勧請、町の職人によって建てられたものであるが、現在は寺で初午か二ノ午に祭りがおこなわれている。

瑞應寺 (西蓮寺)

参考文献

脚注

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